2016年07月10日

シリアとメタリカ

 今日も酒を飲んでいます。嫁が里帰り中なのをいいことに毎日飲みまくっています。確か今日帰ってくるハズなんだけど、そろそろ羽田に着く便で帰ってくるハズなんだけど、空港に迎えにも行かず、とにかく酒を飲んでいます。

 前にも書いたことがあるような気がするけど、酔った勢いで思い出話しを一つ。

 ちょうど10年前の今頃、私はシリアのホムスという街からハマという街に行くミニバスに乗っていた。トルコからシリア〜ヨルダンを抜けてエジプトまで行って、また同じ道をトルコまで戻っている時だった。

 そのミニバスで隣の席に座っていた兄ちゃんが話しかけてきたので、片言の英語と片言のアラビア語で話をした。お互いの使用言語のボキャブラリィは乏しかったが、ある共通の話題があったので盛り上がった。

 「俺はヘヴィメタルが好きなんだ。メタリカとかマリリン・マンソンが好きなんだ」と彼は言った。

 中東を旅していて、アメリカのポップ(マドンナとかアヴリル・ラヴィーンとか)を好きだという人に出会うことは何度もあったけど(意外だが特にイランで多かった)、メタルが好きだと言う人に会ったのはこれが初めてだった。

 私は "Master of Puppets"のリフだけでご飯三杯は軽くいけるというくらいのメタル好きなので、こんな所で同好の士に会ったのが嬉してくて、「そっかー、メタリカ好きなんだ。メタリカのライブは見たことあるよ。めっちゃカッコよかったよ。」と言った。

 それを聞いた彼は、「メタリカは隣のレバノンには来たことがあるけど、シリアには来たことはないんだよね。メタリカはこんな貧しい国には来てくれないんだよね」、と寂しそうに言った。

 日本に暮らしているとあまりにも当たり前なので、時々自分がどれだけ恵まれた環境にいるのかということを忘れてしまうことがある。この時も我ながら余計なこと言ってしまったと思ったので、必死に彼を励まそうと思い、「でもいつかメタリカがシリアに来ることもあるかもしれないよ。10年後かもしれないけどさ」と言ってみたが、彼の曇った表情は変わらなかった。

 今となっては彼の名前も顔も思い出せないけど、あの時感じた何とも言えない申し訳ないような感情と彼の寂しげな表情だけは今でもはっきり覚えている。

 あれから10年経った。彼がハマの住人だったかホムスの住人だったかは知らない。ただ、ハマもハマスも内戦でボロボロに破壊されてしまった。そして、多くの命が失われた。

 メタリカがシリアに行くことは多分ないだろう。メタリカとマリリン・マンソンが好きな彼は一生メタリカやマリリン・マンソンのライブを見ることなく死んでいくんだろう。あるいはもう死んでしまっているかもしれない。私がシリアで出会った多くの人達と同じように。

 私にとってシリアという国は、いつもこの何とも言えない申し訳ない思い出と共にある。一生メタリカのライブを見ることができない彼に、メタリカのライブを見たことがあると自慢すべきではなかったという後悔。そして、彼があの悲惨な内戦を生き延びて、どこか安全な場所で(シリアにはそんな場所はないだろうが)、爆音で"Master of Puppets"を聴いていて欲しいという自分勝手な希望。

 色んな国を旅して学んだ唯一のこと。それは、世界の何処でも、誰もがささやかな幸せや、ささやかな夢、それを追い求めて生きている。国家とか宗教とか、そんなモノよりも大切なモノがある。どんなに貧しい国にも、どんなに豊かな国にも、どんなに危険な国にも、どんなに平和な国にも、平等に同じだけのささやかな幸せと夢がある。そして、それを奪う権利は誰にもない。

 本当の意味での政治というものは、こういうささやかな幸せや夢を追求する権利を全員に保障し、それを守ることではないのだろうか。公明正大な大義や国家や宗教という存在の前ではちっぽけなことかもしれないけど、人々のささやかな幸せや夢があってこその国家や宗教ではないのだろうか。トルコやバングラやイラクのテロのニュースを見て、日本の選挙の投票日にこの国の行く末を案じていたら、こんなことを考えた。


 今のホムスの街。バスの乗り継ぎのため何度かバスターミナルに立ち寄っただけの街だけど、バスターミナルの人たちがみんな笑顔で親切だったことは覚えている。特に切符売り場の若い兄ちゃんが親切で、身振り手振りを交えたアラビア語で切符を売ってくれて乗り場の説明をしてくれたのが印象的だった。

 ハマの今の映像は見つからなかった。ただ、ハマは1982年に反政府勢力が弾圧された虐殺事件のあった街なので、今回も徹底的に破壊されているだろう。中東では珍しい水車が名物の美しい街だったのだが・・・。

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 当時私が撮った水車から川に飛び込むハマの子供たちの写真。この子たちは今頃どうしているのだろうか。政府軍、IS、反政府勢力、難民。どんな道を歩んでいるにせよ、幸せに暮らしているとは思えない。そもそも、生きているのかすら分からない・・・。
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2016年06月17日

ヌチ薬

 久しぶりに伊江島から電話があった。電話の主は昔お世話になったタバコ農家の人。話したのは1年ぶりぐらい。連絡しなければとは思っていたけど、電話で声を聞くと伊江島が恋しくなって、今の生活がもっと嫌になって、仕事をやめて伊江島に行きたくなるから電話をしていなかった。毎年ハーリー(旧暦の5月4日)に合わせて行っていたけど、ここ2年は行けていない。行きたいけど、行ったら今の生活を全て投げ出しちゃいそうで・・・。

 今年はもうタバコの収穫が終わったらしい。天候不順でまだ熟していないけどダメになる前にということで全て収穫せざるをえなかったとのこと。東京にいても常に伊江島のこと、タバコ農家のことは考えていて、そろそろ総がき(全ての葉を収穫すること)かなぁと思っていただけにちょっとビックリだった。葉タバコが熟すには梅雨の十分な雨量と梅雨明け後の日照の両方が必要で、どちらかが欠けても十分に熟さない。それが今年は空梅雨で全然雨が降らなかったそう。

 葉タバコは熟し具合(=ニコチンの含み具合)でJTによってランク分けされて買取価格が決まるので、熟す前に収穫したのなら今年のタバコ農家の収入は悲惨なことになるだろう。一年の収入が収穫の時期の天候で決まってしまうタバコ農家の悲哀を知っているだけに、何と言って慰めたらいいのかわからなかった。本人は「仕事なくなったからテツのとこにいってバイトしようかな」とか冗談ぽく言っていたけど・・・。

 思わぬ電話をもらって伊江島のことを思い出したら無性に美味い島酒が飲みたくなったが、近所のコンビニにはこれしかなかった。

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 私の大好きな松藤には及ばないけど、島酒としての味はまぁ悪くはない。ネットで調べると沖縄県酒造協同組合が「県下46酒造所が生産する泡盛のなかから良質な泡盛を長期貯蔵し、古酒として安定的に供給するために作られた銘柄」ということなので、味が良いのは納得がいった。内地のコンビニで売るには島酒らしさがありつつも上品な味のする酒なので良い選択だと思う。確か太宰治だったと思うが、「泡盛は臭すぎて飲めなかった」といった感じの記述があった気がするから、やはり内地の人にアピールするにはこういう「飲みやすい」島酒の方がいいと思う。でも、私は太宰が「臭い」と言った昔ながらの風味を残した島酒、そう松藤のような酒が好きなんだけどね。

 ただ、解せないのがこの名前。「なんぷう」ってなんじゃい。那覇の方言だと「ふぇーかじ」、本島北部方言だと「ぱいかじ」だろう。ちなみに、那覇の方言ではハ行がファ行、本島北部方言ではさらにそれがパ行になる。これは奈良・平安時代頃の古い日本語の名残で、奄美地方にもその痕跡があり、このことでも柳田国男の方言周圏論は証明できるわけだが、話が脱線しまくりなのでこの話はまた機会があれば後ほど。

 閑話休題。とりあえずこの南風という島酒。味は認めてもこの名前だけは認めることができない。これはナイチャーに媚を売った名前でしょう。ウチナンチューが南風のことを「なんぷう」って言ってるの聞いたことないですよ。

 ちなみに、沖縄方言で東西南北は東が「あがり」で、南が「はえ」もしくは「ふぇー」、西が「いり」で、北が「にし」。とりあえず、東と西は太陽の「上がる」方角と「入る」方角から来ているってのは分かりやすいでしょう。西表島の「いり」もそうですね。一方の南と北は一見すると意味不明ですが、沖縄方言では南風のことを「ふぇーかじ」、北風のことを「にしかじ」と呼ぶと言えば合点がいくと思います。風を表す言葉がそのまま方位を表す言葉となったようです。西が「いり」で北が「にし」なのはナイチャーにはかなりややこしいですが。

 余談ですが、那覇の北に「西原」という地名があります。本島南部の東海岸に近い場所にあるのに何故か「西原」。不思議な地名ですが、これも琉球王朝の首都の首里から見て北(にし)にあるからということで説明がつきます。「にしはる」(北の畑)という沖縄方言の地名に「西原」という大和言葉の漢字を当てはめたわけですね。

 さらに余談ですが、「城」のことを沖縄方言では「ぐすく」と読みます。沖縄には大城、金城、玉城といった苗字が多いが、これは本来それぞれ「おおぐすく」、「かなぐすく」、「たまぐすく」という読み方が正しかったのが、琉球処分以降に内地風の名前に変えられ、「おおしろ」、「かなしろ」、「たましろ」と呼ぶようになったわけです。

 さらにさらに余談ですが、それぞれの風向きの風に呼び名があるというのは地中海世界でもありまして、イタリアでは地中海を越えてくる熱い東南の風のことを「シロッコ」と呼びます。15年ほど前に行ったチュニジアのドゥッガというところにある古代ローマ時代の遺跡の床石に各方角の風の名前が刻まれていて、その中に「シロッコ」というラテン語を見た時はちょっと感動しましたね。これがあのZガンダムのパプテマス・シロッコの名前の由来なんだと思うと。

 以上、ヌチ薬(命の薬=酒)を飲みながら、いい感じに酔っ払って適当な話を書いてみました。といっても、全部本当の話なんで、興味のある方はぜひ一度私と一緒に酒を飲みながら、古代日本語と琉球・奄美方言の関係とか、柳田国男の方言周圏論と探偵ナイトスクープとの関係とかについて語り会いましょう♪最近一緒に酒を飲んでくる人がいなくて、いつも一人で酒を飲んでいます。寂しいっす・・・。
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2016年04月02日

雑感

 Babymetalの新作がアメリカのAmazonのランキングで1位、iTunes Storeでも3位になってる。日本では当然AmazonもiTunes Storeも1位。そろそろ始まるであろう今宵のウェンブリーアリーナのライブもソールドアウトとか。マジヤバイ。



 ついでに音楽ネタをもう一つ。時間が経ったからもう書いていいだろうから書きます。ちょっと前のある日のこと。朝勤務先のホテルで朝礼に行った時にハウスキーパーの若い子が「ロイヤルスイートのゲストはグラミー賞取った人らしいよ」とか言っているのを小耳に挟んだ。けど、どうせ最近の人だろうから俺は知らないだろうと思ってロクに聞いていなかった。宿泊者リストを見たら、名前は「Pope Alexander(アレキサンダー法皇)」になっていた。確かに変な名前だなぁとは思ったけど、そんな名前の人いるのかな、どうせ偽名だろうとぐらいにしか思っていなかった。

 んで、その日の仕事の帰りにホテルの隣のライブ会場で「マイケル・ボルトン来日公演」というプラカードを持った案内の人が立っているのを見て初めて気づく。ロイヤルスイートのゲストはマイケル・ボルトンだったのだ。

 あのハスキーで情感たっぷりの歌声は私の大好物なのだ。"How Am I Supposed To Live Without You"を聴くだけでビール3杯はいける。それくらい好きなんです。以前ダライ・ラマが来た時は厳戒態勢で部屋に近づくことすらできなかったけど、今回はいくらでもチャンスがあったのに・・・。かつてはBLACKJACKというハードロックバンドで長髪を振り乱していた彼も最近前髪がかなり後退しているみたいだけど、その広くなったおでこをぜひ拝みたかった。

posted by Tets at 23:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

The show must go on

 2月半ばにうちの会社のパートさんが突然亡くなった。まだ50代だった。とても明るくて陽気な人で、私が面接して採用した人だった。

 で、昨日社長から電話があった。その人の2月度の給与が振り込めずに戻ってきているらしい。亡くなったので恐らく口座が凍結されているんだろう。

 当然私は「とても真面目で頑張って働いてくれた人なので、旦那さんに連絡を取って最後の給与は必ず支払いたいです」と言ったのが、社長は「そうか。まぁ向こうが何も言って来ないならこのままでいいとも思うけどな」と。

 辞めたくて辞めたくて仕方ないけど、金のために、生活のために、嫁のためにと思って毎日歯を食いしばって働いているけど、なんでこんなカスみたいなヤツの下で働かなきゃなんないんだろう。どんなに理不尽で納得がいかないことがあっても、愛想笑いを浮かべて媚を売らなければならない。社長の指示には常に「はい、わかりました」。金に魂を売るってのはこういうことなんだとつくづく実感しています。向こうも「これぐらい給料を払っておけば辞めないだろう」と完全に見透かされているのが余計に悔しい。でも、低賃金が当たり前のこの業界でこれだけの給料がもらえるのは他の会社じゃ絶対にあり得ない。だから辞められない。

 最近色々とあって、週の大半は片道2時間かかる現場に通勤しています。この1ヶ月で2日しか休んでいません。新しい社員が入ったんで何故かエリアマネージャーの私が現場責任者に代わって業務の引き継ぎをやっているんですが(今の現場責任者が使えなさすぎで相手側から「引き継ぎに関わらせないで下さい」と言われている)、この新しい人もイマイチ使えません。冷静な状況判断と的確な指示。必要なのはそれだけなのに、なんでそんなにできないんだろう。私より一回り以上年上の人に説教するとかホントやりたくないんだけど。

 というわけで、現在来日中の嫁のお母さんがお土産に持ってきた1万円ぐらいする高級白酒(52度)を飲みながら今日も煮え煮えです。嫁は居酒屋のバイトで今日も帰りが遅いし、一人で酒飲んでも楽しくないけどここ何ヶ月もずっと一人で酒飲んでるし、最近は酔えば酔うほど眠れないし、何のために生きてるのかホントわかんないっす。とりあえず、明日も4時半起きなんでもう寝ます。何のためかわかんなくても頑張るしかないもんね。
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2016年01月22日

池袋で羊祭り

 肉好き一家に誘われて池袋の聚福楼という店に羊肉を食べに行ってきました。ここは中国東北料理がメインの中華料理店なんですが、羊肉の塊を注文できることで一部で有名だそうで。

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 これがその羊肉。これで確か4000円ぐらい。4人ぐらいで行けば一人1000円です。

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 塊のままでは火がなかなか通らないので切り分けてくれますが、それでもこのボリューム。

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 山盛りの肉と2歳児。この後、焼いた羊肉を美味しそうに食べていました。末恐ろしい2歳児です。

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 そして一気に焼く。羊臭さは控えめで、肉は柔らかくジューシー。羊好きにはたまらないです。

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 肉を食べた後はこんな鍋を注文。見よ、この毒々しい赤さ。

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 人の子どもを借りて3人で記念撮影。このままもらって帰ろうかなと嫁が言ってました。

 ということで、羊にはうるさい私も大満足なお店でした。これまでは代々木の「ビストロひつじや」が日本で一番上手い羊肉が食べられる店だと思っていました私が間違っていました。この聚福楼が一番ですね。 
posted by Tets at 19:53| Comment(10) | TrackBack(0) | 酒&メシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月27日

2015.12 福岡

 2週間ほど前に嫁の従弟の結婚式で福岡に行ってきました。従弟一家は20数年前に日本に来たので子どもたちはほぼ完全に日本人。日本語はもちろんペラペラですが、中国語は両親の故郷である福建省の福清方言しか話せず、私と嫁が普通話(中国語の標準語)で話しかけても全く理解できないようでした。そんなわけで、嫁と従弟は福清方言、嫁と私は普通話、私と従弟は日本語で会話するという非常に奇妙な光景でした。

 ちなみに、式の前日はその従弟の家に泊めてもらったのですが、従弟のお父さんと深夜2時まで酒を飲み交わしたので、朝イチの結婚式に参列するのはちょっと辛かったです。

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 美男美女の新郎新婦。式が始まる前の写真なのですが、この後の親族の顔合わせでは新郎側の親族の大半が大遅刻をして、私を含めて5人しかいませんでした。式の開始時間になってもまだ家を出ていない一家とか、間違えて隣のホテルに行ってしまった一家とか、トレイに行ったまま戻ってこない人たちとか、何十年日本に住んでもそういうとこは中国人なんですよね。

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 結婚式と披露宴の会場は福岡のホテルオークラ。披露宴の招待客は160名で司会は地元テレビ局のアナウンサー。と非常に盛大な披露宴でしたが、二人とも別に金持ちというわけではないんですよね。九州はこういうところは見栄をはるのかなとか想像しました。中国も結婚式は大金をかけて盛大にやりますしね。

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 おめかしした嫁。ホテルの美容院で髪をセットしてもらったら6000円かかったそうです。

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 福岡滞在中ずっと遊び相手をしていた従弟(新郎の兄)の子供たち。とても可愛いです。この2人も福清方言と日本語のバイリンガルという凄いのか凄くないのかよくわからない特技を持っています。

 翌日はちょっと足を伸ばして太宰府天満宮へ。

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 早めに行ったので混んでいませんでしたが、一巡りして帰る頃には大混雑でした。まぁ歴史的意義はあるんでしょうが、とりあえず普通の神社でした。正直あまりときめかなかったです。

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 自撮り棒で写真を撮る嫁の写真。

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 天満宮の境内の橋の上から。今回のベストショット。

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 帰る前の昼食はもちろん豚骨ラーメン。Shin Shinという店で食べました。とんこつにしてはあっさりの飲みやすいスープは美味しかったけど、スープが麺に絡むのが好きな派の私としては、ここまで麺が細いと麺を食べてもスープの味がしないのでちょっと不満が残りました。まぁ博多ラーメンってのはそういうものなんでしょうが。
posted by Tets at 19:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 国内編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする