2016年07月10日

シリアとメタリカ

 今日も酒を飲んでいます。嫁が里帰り中なのをいいことに毎日飲みまくっています。確か今日帰ってくるハズなんだけど、そろそろ羽田に着く便で帰ってくるハズなんだけど、空港に迎えにも行かず、とにかく酒を飲んでいます。

 前にも書いたことがあるような気がするけど、酔った勢いで思い出話しを一つ。

 ちょうど10年前の今頃、私はシリアのホムスという街からハマという街に行くミニバスに乗っていた。トルコからシリア〜ヨルダンを抜けてエジプトまで行って、また同じ道をトルコまで戻っている時だった。

 そのミニバスで隣の席に座っていた兄ちゃんが話しかけてきたので、片言の英語と片言のアラビア語で話をした。お互いの使用言語のボキャブラリィは乏しかったが、ある共通の話題があったので盛り上がった。

 「俺はヘヴィメタルが好きなんだ。メタリカとかマリリン・マンソンが好きなんだ」と彼は言った。

 中東を旅していて、アメリカのポップ(マドンナとかアヴリル・ラヴィーンとか)を好きだという人に出会うことは何度もあったけど(意外だが特にイランで多かった)、メタルが好きだと言う人に会ったのはこれが初めてだった。

 私は "Master of Puppets"のリフだけでご飯三杯は軽くいけるというくらいのメタル好きなので、こんな所で同好の士に会ったのが嬉してくて、「そっかー、メタリカ好きなんだ。メタリカのライブは見たことあるよ。めっちゃカッコよかったよ。」と言った。

 それを聞いた彼は、「メタリカは隣のレバノンには来たことがあるけど、シリアには来たことはないんだよね。メタリカはこんな貧しい国には来てくれないんだよね」、と寂しそうに言った。

 日本に暮らしているとあまりにも当たり前なので、時々自分がどれだけ恵まれた環境にいるのかということを忘れてしまうことがある。この時も我ながら余計なこと言ってしまったと思ったので、必死に彼を励まそうと思い、「でもいつかメタリカがシリアに来ることもあるかもしれないよ。10年後かもしれないけどさ」と言ってみたが、彼の曇った表情は変わらなかった。

 今となっては彼の名前も顔も思い出せないけど、あの時感じた何とも言えない申し訳ないような感情と彼の寂しげな表情だけは今でもはっきり覚えている。

 あれから10年経った。彼がハマの住人だったかホムスの住人だったかは知らない。ただ、ハマもハマスも内戦でボロボロに破壊されてしまった。そして、多くの命が失われた。

 メタリカがシリアに行くことは多分ないだろう。メタリカとマリリン・マンソンが好きな彼は一生メタリカやマリリン・マンソンのライブを見ることなく死んでいくんだろう。あるいはもう死んでしまっているかもしれない。私がシリアで出会った多くの人達と同じように。

 私にとってシリアという国は、いつもこの何とも言えない申し訳ない思い出と共にある。一生メタリカのライブを見ることができない彼に、メタリカのライブを見たことがあると自慢すべきではなかったという後悔。そして、彼があの悲惨な内戦を生き延びて、どこか安全な場所で(シリアにはそんな場所はないだろうが)、爆音で"Master of Puppets"を聴いていて欲しいという自分勝手な希望。

 色んな国を旅して学んだ唯一のこと。それは、世界の何処でも、誰もがささやかな幸せや、ささやかな夢、それを追い求めて生きている。国家とか宗教とか、そんなモノよりも大切なモノがある。どんなに貧しい国にも、どんなに豊かな国にも、どんなに危険な国にも、どんなに平和な国にも、平等に同じだけのささやかな幸せと夢がある。そして、それを奪う権利は誰にもない。

 本当の意味での政治というものは、こういうささやかな幸せや夢を追求する権利を全員に保障し、それを守ることではないのだろうか。公明正大な大義や国家や宗教という存在の前ではちっぽけなことかもしれないけど、人々のささやかな幸せや夢があってこその国家や宗教ではないのだろうか。トルコやバングラやイラクのテロのニュースを見て、日本の選挙の投票日にこの国の行く末を案じていたら、こんなことを考えた。


 今のホムスの街。バスの乗り継ぎのため何度かバスターミナルに立ち寄っただけの街だけど、バスターミナルの人たちがみんな笑顔で親切だったことは覚えている。特に切符売り場の若い兄ちゃんが親切で、身振り手振りを交えたアラビア語で切符を売ってくれて乗り場の説明をしてくれたのが印象的だった。

 ハマの今の映像は見つからなかった。ただ、ハマは1982年に反政府勢力が弾圧された虐殺事件のあった街なので、今回も徹底的に破壊されているだろう。中東では珍しい水車が名物の美しい街だったのだが・・・。

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 当時私が撮った水車から川に飛び込むハマの子供たちの写真。この子たちは今頃どうしているのだろうか。政府軍、IS、反政府勢力、難民。どんな道を歩んでいるにせよ、幸せに暮らしているとは思えない。そもそも、生きているのかすら分からない・・・。
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2015年06月10日

この世界の片隅に

 眠れないので酒を飲む。ここ半年ぐらいずっと精神状態は不安定。時々無性に鬱になることがあり、そういう時は眠れない夜が続き、嫁に当たり散らす。最低なヤツだと自己嫌悪に陥りまた酒を飲む。ずっとその繰り返し。

 仕事は3ヶ所の現場を掛け持ちしている。一番近い所で片道1時間半。遠い所で片道2時間。朝5時前に起きて、スーツを着て、電車に乗って、仕事に通う。一日10〜12時間、通し勤務の時は24時間、休憩なしでぶっ通しで働いて、家に帰ったら飯を食って寝るだけ。よく眠れない状態が1年以上続いているので、毎日眠くて死にそうで、電車の中でもずっと眠る。眠れなくても目をつむって寝ようとする。本を読みたいけどそんな集中力がない。中国語を勉強したいけど、参考書を開く気力もない。ただ、電車の中で時間だけが過ぎていく。この半年は本を一冊も読んでない。この1年は映画を1本も見ていない。人生を無駄にしているとつくづく感じる。

 仕事では3つの事業所で総勢約250人のおばちゃんたち(全員の顔と名前を覚えてるのがちょっと自慢)を管理する今の仕事は嫌いじゃないけど、会社が嫌、職場が嫌、そもそも働くという行為が嫌。使えない部下の尻拭いをし、バカ社長のご機嫌を伺い、ムカつくホテルの社員を相手にひたすら頭を下げ、上司や同僚の悪口や愚痴を延々と話し続ける人たちと毎日一緒に仕事をすることが耐えられない。人を貶めることを言って自分に何の利益があるのか?私には理解できない。でも、それをヘラヘラ笑いながら聞いて、時にはその会話に参加しなければいけない自分が嫌だ。

 金も時間もないので遊びに行けない。この半年で友人と飲みに行ったのは3回だけ。職場と家との往復だけで時間が過ぎていく。このまま何もできないまま、ただ金のためだけに、生活のためだけに働いて、年老いていくのか。私がやりたかったことはこんな事じゃなかったはずだ。でも、自分が本当に何をやりたいのか。それがわからないから、ただ流されて生きている。

 以前池袋にあったウイグル料理店で働いていたウイグル人の女の子が言っていた。「東京の人はみんな疲れている」と。若い頃は絶対そんな生活は嫌だと思っていたけど、私もあれほど嫌っていた人たちの一員になってしまった。

 酔い覚ましにベランダに出ても東京の空に星は見えない。風も感じられない。もうすぐ旧暦の5月4日。星が見えて、海からの風を全身で感じられた伊江島ではハーリーがあるけど、今年は行けそうにない。南米に行きたかったけど、たぶん一生行けそうにない。チベットにもカラーシュにも、パミール高原にも、グルジアにも、イタリアにも、もう一度行きたかったけど、今の生活では二度と行けそうにない。自分はこのまま東京から一生出れないのかもしれない。

 この世界の片隅に私の居場所はあるのだろうか?

 とりあえずこうの史代のマンガを読みながらベッドに入ってみる。眠れるかどうかわからないけど。
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2014年08月22日

Seize The Day

 "You don't have to find out you are dying to start living"
 (死を目前にしなくても一生懸命生きることはできる)

 昨日見たドキュメンタリーの中で余命わずかと診断された少年がカメラに向かって言った言葉。

 "Carpe Diem"
 (今、この瞬間を生きる)

 映画「Dead Poets Society」(邦題「今を生きる」)の中で先日亡くなったロビン・ウィリアムズ演じるMr. Keatingが生徒たちに向かって言う言葉。

 辞めたてくて仕方ない仕事を続けるのもそろそろ限界かなと思う。やっぱり東京の生活には自分には合わないし、自分の好きなことをやって生きていたいと思う。生活のためにもう少しは今の仕事を続けなければいけないけど、どこかで見切りをつけないければと思いながら酒を飲んでいます。
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2014年01月29日

Freedom is just another word for 一無所有

 今月の31日が旧暦の正月なんですが。ちょっと前の朝のNHKのニュースを見ていて驚いた。驚きすぎて思わず一人で叫んでしまった。中国の偉大なロックシンガー崔健が春節晩会(中国版紅白)への出場を辞退したというのだ。


 崔健といえば、中国でロックが「精神汚染音楽」と呼ばれ公の場で演奏することが禁止されていた80年代からロックを歌っていたシンガーで、共産主義支配の終焉を仄めかす彼の代表曲「一無所有」(俺には何もない)は天安門事件の時に天安門広場を埋め尽くした若者たちがこぞって歌っていた曲。

 歌詞に暗に体制批判を含ませる彼の曲が人気を博すのを恐れた中国政府は、天安門事件以降10年以上にわたって彼が大規模なソロコンサートを開催することを禁止した。その後、徐々に彼は政治色を薄めていき、それに伴い音楽活動の自由は回復されてきた。今度の彼の春節晩会への出演が発表されると、「彼も体制に迎合したのか」とか「ついに彼が春節晩会に出る時代が来たのか」といった様々な声が聞こえたが、CCTVに求められた歌詞の変更を拒み、「一無所有」以外の曲を歌うことを拒否して、春節晩会への出演を辞退した彼の決断には大いにエールを送りたい。彼こそ真のロックスターであると私は思っている。そう、かつてJanis Joplinも歌っていた。 “freedom is just another word for 一無所有 (nothing left to lose)."だと・・・。

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2013年06月24日

慰霊の日

 沖縄が好きな者として語らなければいけない話。昨日は慰霊の日だった。内地のほとんどの人にとっては何の意味もない日だけど、沖縄の人にとっては今でも大事な意味を持つ日。

 このブログでは何度も書いているけど、沖縄戦における海軍の司令官だった大田実少将は、自決前に送った最後の電文で、「日本のために」懸命に戦った沖縄県民の貢献と苦難を詳細に述べ、当時の訣別電報の常套句だった「天皇陛下万歳」や「皇国ノ弥栄ヲ祈ル」などの言葉は一切使わずに、電文の最後を以下のように結んでいる。

「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

 旧日本軍を美化したがる人たちに美談として取り上げられることの多い一文だけど、この言葉の本質はもっと違うところにあると思う。

 戦争中は本土決戦のための時間稼ぎとして捨て石とされ、戦後は日本から切り離されて長らく米軍の圧政に苦しみ、やっと本土復帰を果たした後もアメとムチの政策によって「日本の安全と平和」のために米軍基地の負担を押しつけられた沖縄。これが果たして「特別ノ御高配」なのだろうか?大田実少将の言葉は当時の日本政府に宛てた言葉ではなくて、今を生きる私たちヤマトンチュ(日本人)に宛てられた言葉だと思う。この言葉の意味を私たちは今一度真剣に考えなければいけないと思う。

 全ての日本人は一度頭上を飛ぶオスプレイやハリアーの爆音を聞くべきだと思う。人を殺すために作られた兵器が青く美しい沖縄の空を我が物顔で飛び回るあの光景。あれを見る度に、沖縄戦で亡くなった全ての人に対して申し訳ない気持ちになる。

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2013年05月21日

ma-yun

 ここ数年で私が一番気に入っている石垣島出身の姉妹デュオのma-yunが半年以上前に活動を休止していたことをつい昨日知りました。往復約3時間の通勤の間、彼女たちの曲をほぼ毎日聴いているだけに、めっちゃショックです・・・。結局、一度も彼女たちの歌を生で聴くことができませんでした。

 公式ブログによれば姉妹が別の道を歩むことに決めたとのことです。二人ともそんじょそこらのTVに出ている自称歌手な人たちより遙かに上手いので、どこかでまた美しい歌声を聞かせてくれると信じています。


 姉妹のハーモニーが美しい「ふくらしゃ」。


 「ふるさと」のウチナーグチ版。何度聞いても泣けそうなほど美しいです。


 数少ないma-yunのオリジナル曲の「島立ちの歌」。


 天咲の「遠い夏」のカバー。沖縄戦の悲劇を歌った歌です。
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2013年04月22日

Don't stop

 最近眠れない。一度目が覚めると二度と眠れない。今日はせっかくの休みなのに。

 さっきから何度も繰り返しこの曲を聴いている。



If you wake up and don't want to smile
If it takes just a little while
Open your eyes and look at the day
You'll see things in a different way

Don't stop thinking about tomorrow
Don't stop, it'll soon be here
It'll be better than before
Yesterday's gone, yesterday's gone

Why not think about times to come?
And not about the things that you've done
If your life was bad to you
Just think what tomorrow will do

Don't stop thinking about tomorrow
Don't stop, it'll soon be here
It'll be better than before
Yesterday's gone, yesterday's gone

All I want is to see you smile
If it takes just a little while
I know you don't believe that it's true
I never meant any harm to you

Don't stop thinking about tomorrow
Don't stop, it'll soon be here
It'll be better than before
Yesterday's gone, yesterday's gone

Don't stop thinking about tomorrow
Don't stop, it'll soon be here
It'll be better than before
Yesterday's gone, yesterday's gone

Don't you look back
Don't you look back
Don't you look back
Don't you look back
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2013年04月20日

As Tears Go By

 Facebookのチャットをしながら書いてます。やけ酒を飲みながらね。ここんとずっと体調が悪くて死にそうだし、明日も仕事なので5時前に起きなきゃいけないんですよ。ホントはこんなことしてる場合じゃないんですけどね。

 チャットの相手は10数年前に付き合っていた女の子。数年前にFacebookで再会したけど、彼女は長い間病気に苦しめられているらしい。英語で病名を言われたってよく分からないんだけど、どうやら腸に関係する病気で、彼女曰く完治する見込みはないらしい。今は病状は小康状態だけど、いつ三度目の手術が必要になるか分からないらしい。病気のせいで精神的にも病んでいて、ここ数年は引きこもりに近い状態だったらしい。私が色々と諭した効果もあってか、去年あたりから仕事を始め職業訓練学校にも通っていたけど、色々とあって学校はやめてしまったらしい。

 で、そんな彼女は私がFacebookにログオンする度にメッセージを送ってくる。「私には未来はないけどあなたには未来がある」とか、「私と違ってあなたは健康なんだからもっと前向きに生きなきゃ」とか、「私があなたを傷つけたらからあなたはそんな風になってしまったの?」とか、返答に困るようなことばかり言ってくる。そんなことを言われても、私には適当に言葉を繕って励ますことしかできない。でも、もう10年以上も英語を日常的に使ってないんだから、そんな気の利いたことが英語で言えるわけない。直接会って話ができればいいけど、彼女がいるのは何千キロの彼方。苦手な英語のメッセージだけのやり取り。何とももどかしい。

 というか、私には気の利いた言葉が思いつかない。そもそも、私自信も「生きていればいつかいいことがある」とは本気で思っていないんだから、心にもないことを言うわけにもいかない。もちろん、こういう場合は相手はこう言ってもらいたいんだろうなってことは分かるんだけど、それが自分の本心じゃない場合は私はそれを口に出来ない。思えば、彼女と付き合っていた時も、「これからのこと考えてる?」と訊かれても、「今は君のことを好きだけど、将来どうなるか分からない」というようなことを平気で言っていた気がする。自分でも本当に損な性格だと思うけど、それが私の本心なんだから仕方ない。思ってもないことを口にすることだけはしたくない。特に相手が自分にとって大事な人ならなおさら。

 とりあえず、今日のチャットでは生とか死とかいうことに語る前に、妹へのメールに写真が添付できないと言う彼女の目下の悩みを解決しようということに話を持っていって何とか落ち着きました。私は不幸だとかそんなことを言っていても仕方ないから、とりあえず目の前のことに一つずつフォーカスしてそれを乗り越えていけば、いつの間にか時間というものは過ぎていくものだってね。何て偉そうなことを言ってるんでしょうかね。

 あ〜疲れた。ここ1年近くずっとこんな調子なんだけど、彼女は私にどうして欲しいんでしょうかね?私って基本的に自分のことにしか関心がない人間なんですよ。悩んで苦しんでいる人に寄り添って生きるなんてことができないんですよ。寂しいから構って欲しいけど、面倒くさいから放っておいて欲しいんですよ。なんでみんなそれを分かってくれないのかなぁ
 
 ちなみに、この日記のタイトルはストーンズの曲から。といっても、私が好きなのはAngels Of Veniceの美しすぎるインストのカバーヴァージョンですが。



 あ〜そうだ。思い出した。彼女と付き合っていた頃、「どうしていつもそんな悲しそうな顔をしているの?」って言われたことがあったな。今の私の顔を見たら彼女はどう言うだろうかな。つか、幸せって何よ?
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2013年02月13日

Somebody To Love

 世の中にカバー曲は多数あれど、このバージョンほどオリジナルの曲の良さを引き出し、オリジナルシンガーの偉大さ伝えつつも、カバーしたシンガーによって新たな魅力が引き出されているバージョンはないと思う。



 私の記憶が確かなら、このフレディ・マーキュリー追悼ライブ後に発売されたシングルに収録されていた音源は演奏が始まる部分からだったと思うが、この曲はやはりジョージ・マイケルが"This song is one of my favorites"と言ってから歌出すところから聞かなければいけない。子供の頃からフレディに憧れていたというジョージ・マイケルがQUEENのメンバーをバックに完璧に歌い上げる"Somebody To Love"。正直、ポール・ロジャースがボーカルのQUEENはピンと来なかったが、このライブを見た人の多くがもし仮にフレディの代わりを務めるとしたらジョージ・マイケルしかいないと口を揃えて言ったのも納得です。

 この曲が発表されてから30年近く、この映像が撮られた時からも20年経っていますけど、それでも全く色あせることのない曲とパフォーマンス。本当にいい音楽とはこういうものなんですよね。

 仕事のこととか、これからの人生のこととか、誰かに聞いて欲しい話が色々とあるけど、私にはそれを聞いてくれる人がいない。一人で生きていくことには慣れたけど、誰かがいて欲しいと思うことは時々ある。ずっと自分の中に溜め込んで自分の中で処理してきたけど、正直もう疲れた・・・・。
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2013年01月19日

さらば相棒

 東京に来て3年目。暖房なしで迎える4度目の冬。年々寒さに弱くなってきているようで、2〜3週間おきに風邪をひいています。家にいても寒すぎて何もやる気がしません。酒ばっか飲んでます。でも、寒すぎてお湯割りを作ってもすぐに冷めてしまいます・・・。

 閑話休題。今年で33歳。3年以上海外に行ってません。ふと気付いたらパスポートの有効期限が切れていました。60カ国以上を一緒に旅した相棒だったのでちょっと寂しいです。

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 タジキスタンのビザとパミール地域へのパーミット(入域許可証)。全て手書きで、しかもキリル文字。このキリル文字が読めないと旧ソ連は旅ができません。

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トルクメニスタンのトランジットビザ。世界で最も入手しにくいビザの一つ(当時)。当時の日記を読むと今でもあの時の苦労が思い出されます。

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 イランのビザ。こちらは全てペルシャ語(アラビア文字)。でもアラビア文字でも数字だけは覚えました。3段目に書かれているこのビザの有効期限は1385年1月17日〜1385年3月17日まで。西暦だと2006年4月6日〜2006年6月6日。イランはムハンマドがメッカからメディナに聖遷(ヒジュラ)した西暦622年を元年としたイスラム暦を使っているのでこうなります。

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 ロシアビザを求めて極寒のバルト三国とフィンランドを行ったり来たりした時のスタンプ達。ラトビアには3回、リトアニアには2回も入国しています。
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2012年10月08日

The Sun Also Rises

 スペインでカミーノ・デ・サンティアゴの巡礼路を歩いていた時に、スペイン語で「明日の朝」のことを「manana por la manana」ということを知った。つまり、スペイン語では「明日」も「manana」で、「朝」も「manana」。「朝」と「明日」は全く違うものなのに同じ単語。「これってややこしくない?」って話を一緒に歩いていたドイツ人にしたら、ドイツ語でも"morgen"は「朝」と「明日」の両方の意味があると言われ、なんでそんなややこしいことになっているのかなと不思議に思ったことがある。

 しかし、それから数年後に柳田国男の「遠野物語」を読んでいたら、「朝」という文字の横に「あした」とルビが振られているのを見つけて驚いた。スペイン語やドイツ語と同じじゃねーかと。

 そこでちょっと調べてみたら、日本では昔は「あさ」と「あした」の両方が今で言う「朝」を意味していたということを知った。現在では0時からが「明日」になるけど、時計がなかった昔は太陽の昇る夜明けこそが一日の始まりと考えられていた。つまり「朝」と「明日」は同時にやってくるものだったので、「あさ」=「あした」だったわけ。言われてみたら納得だけど、調べてみるまでは全く分からなかったこと。ちょっと賢くなった瞬間でした。

 ちなみに、ドイツ人に訊いてもスペイン人に訊いても「朝」と「明日」が同じ単語でも文脈ですぐに分かるから全然紛らわしくはないと言います。本当かなぁ。

P.S.
 明日は久しぶりの休み。美味しい水餃子を食べに行く予定。
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2012年07月19日

And Justice For All

 現在シリアで起こっていること。これがチベットとかウイグルで起こっていたら日本でも大騒ぎになっていただろうし、産経新聞は間違いなく連日のように一面で報じていたことだろう。

 でも悲しいことに、日本から遠く離れたシリアという国に対してほとんどの日本人は無関心で、アサド政権がどれだけ残虐なことをしても、大多数の日本人にとって関心があるのは中国や北朝鮮のことだけ。人が殺されているという現実は同じなのに、それがどこで起こっているかで人々の関心の度合いは違う。残念だけど、それがこの世界の現実。

 確かに、私もシリアに行ったことがなければ彼らと同じように無関心だったかもしれない。でも、私はシリアに行ったことがあるし、そこで多くの人に出会った。たったそれだけだけど、それだけでニュースの中の「死者数十人」は私にとってはただの数字ではなくなる。ニュースの映像や記事を見る度にシリアで出会った人たちの顔が思い浮かぶ。

 シリアで会った人の中で一番印象に残っているのは、連日激しい戦闘が報告されているホムスという街に向かうバスの中で隣同士になった青年。超片言の英語で私に話しかけてきたのだが、「俺はメタルが好きだ。METALLICAとマリリン・マンソンとかが大好きなんだ」と言ってきた。メタル好きの私としては思わぬ所で同好の士と出会い、しばしメタル談義に話を咲かせた。その会話の中で、私が「オーストラリアでMETALLICAのライブを観たことがある。めっちゃ最高だったよ」と言うと、彼はちょっと哀しそうな顔になり、「羨ましいなぁ。METALLICAはシリアにまでは来てくれないんだよね。隣のレバノンには来たことがあるんだけど・・・」と言った。

あのメタル好きの青年は今どうしているんだろうか。いつの日かシリアが平和で自由な国になり、彼がダマスカスでMETALLIAのライブを観ることが出来る日が来るのだろうか。
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2012年06月19日

Crescendo

 最近お気に入りの曲がこれ。



 前作「Aestetica」収録の曲だけど、先日行ったライブで聴いて改めて良い曲だなぁと思った(この動画は「Aestetica」のツアーの時)。"Fantasia"や"Crimson"のような最近のメタリックな曲もいいけど、80年代後半のハードポップ路線の延長線上にあるようなこの曲も良い。仕事中も気がついたら「あなたが見た昨日が〜♪」と口ずさんでいる。ネットで見るとこの曲はZARDっぽいという声もあるくらいだし、もっと一般受けしていいと思うんですけどねぇ。世間的には「昔"Return To Myself"がヒットした歌手」と過去の人なんだろうけど、それで終わらせてしまうにはあまりにも勿体なすぎる。

 新作の中で私が一番好きなこの曲を使った北斗の拳のMADなんて最高ですよ。



 アニメの主題歌とかに使われたら絶対ヒットすると思うんだけどなぁ・・・。

 ちなみに、5月のライブがあまりにも素晴らしかったので7月20日の追加公演も行きます。今回のライブで披露された"Cry For The Moon"での浜田姉妹のアカペラデュエット(絶対DVD化して欲しい)は悶絶しそうなほど美しかった。また聴けるといいなぁ。
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2012年05月07日

もう疲れた・・・

 相変わらず休みのない日々が続いていますが、今日は2週間ぶりに丸一日休めました。といっても、一度治ったはずの風邪がぶり返して体調は最悪なんですけどね。体調は悪いけどせっかくの休日で天気も良かったので散歩に行ってきました。散歩といっても、東長崎から大山方面に歩き、ハッピーロード大山商店街(味のある商店街で好きです)を抜けて山手通りまで行って、「めーばる製麺 海人のいえ」で沖縄そばとじゅーしーを食べてまた帰ってきただけですが。

 江古田にも沖縄料理店はありますけど、「めーばる製麺 海人のいえ」は自家製麺が沖縄の沖縄そば屋で食べる「普通の沖縄そば」の味に一番近いんです。あれを食べると沖縄に行きたくなるので最近は封印していたんですが、ここ2ヵ月以上かなり過酷な毎日を過ごしていて、さすがにこの仕事を続けるのは限界かなと思い始めていたら、無性に沖縄が恋しくなったので行ってきました。

 コンクリートの塊と人の群れしかない東京はもう十分です。星が見えて、月が見えて、海が見えて、風が感じられて、人と触れあえる場所に住みたいです。どーでもいい携帯の話とか、くだらないテレビドラマの話とかよりも、夜に月を見上げて「今日は14日(旧暦で)だな」とか、「南風に変わったから雨が降るよ」とかそんな話がしたいです。海と空と酒があれば私の人生はそれで十分満足なんです。

 今の会社は辞めたいけど、一応現場責任者だし、ホテル側に対する責任もあるし、自分が誘って引き抜いた人もいるんで、「本社がバカだから辞める」と簡単に投げ出せない状態なんですよね・・・。だからって身を削って働く必要もないとは思うんですが・・・。いつまでこんなことやってるんだろうなぁ・・・。

 ちなみに、「めーばる製麺 海人のいえ」はランチタイムはプラス100円でじゅーしーが付いてくるのも沖縄の食堂っぽくて好きです。

 最近お気に入りの石垣島出身の姉妹デュオma-yunの曲を聴いて酒を飲んでいます。飲んでるのが島酒じゃなくて焼酎なのが残念ですが。

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2011年12月05日

Wish I Had An Angel

 最近はPCを触ることも億劫です。ブログに書きたいことはたくさんあるけどそれを文章にすることができず、ブログのコメントや頂いたメールにも返信できず(申し訳ありません)、他の人のブログを読むことも止め、ただひたすら家で酔っぱらって過ごしてます。元々、思ったことを言葉や文章にするのは苦手だったけど、最近はとにかく思考がまとまらなくて、頭の中がメリーゴランド状態です。つか、毎日仕事から帰ってきた瞬間に飲み始めますし、休みの日は朝起きた瞬間から飲み始めて1日中飲んでます。家にいる時は常に酒を飲んで酔っぱらっている状態です。どーしてこうなっちゃったんだろうなぁ・・・。

 閑話休題。ちょっと前にAmazonで本を衝動買いした。そのラインナップが今の私の精神状態を如実に物語っています。「旅行人」のコーカサス特集の号に「謎の探検家 菅野力夫」(若林純著)、前島幹雄著の「ユーラシア彷徨」と「サハラ横断砂の巡礼」。街に出ると即吐き気を催すぐらい嫌いな東京という大都会に住み、全くやる気のなくなった仕事をするために毎日片道2時間近くをかけて通い、毎晩一人寂しく酒を飲んで、毎日を無駄に過ごしている。一体私は何をやっているんだろうかと思う。

 再び閑話休題。今日は休みだったので、3週間ぐらい前に録画した「世界ふしぎ発見」のトルクメニスタンの特集とカザフスタンの列車運転手が取り上げられていた「グローバルビジョン」を見た。シルクロードを旅した時のことを思い出し、無性にウォッカが飲みたくなった。ということで、ロシア式にストレートのウォッカをショットグラスで何杯も飲んで良い感じに酔っぱらっているという状態です。

 あ〜、ついでに酔った勢いで書いちゃいます。昔付き合っていた異国の女の子と10数年ぶりにFacebookで再会してたまにメールのやり取りをするようになったんですけど、彼女は治療法のない難病(命には直接影響はないらしいですが)に冒されていて長年闘病生活をしていて、そのせいで精神的にも参っていて、昔は私好みの華奢な体型だったんですけど今は精神的なストレスから太ってしまったらしく、そのことを恥じて余計に内向的で鬱っぽくなっているらしくて、ええかっこしいの私としては、気の利いた励ましの言葉なんかかけてあげたいわけですけど、本当は自分のことしか考えない自己中な人間なんでそんな言葉は出てこないし、数千キロ離れているのでそう簡単に会いに行くわけにもいかないし、彼女からは悩みを綴った切実なメールが来るのに私はロクに返信してなくて、たまに返信してもおなざりなことを書くだけで何の力にもなれず、そもそもここでこんなことを書いている時点で私に彼女のことを心配する資格なんてないわけで、それは今まで私が関わってきた他の女性たちにも言えることで(何故かメンタルな問題を抱えている人が多かったです)、そういう人と関わる度に自分の自己中さを思い知らされてますます自己嫌悪に陥るわけで、結局こんなことを書いて自己の傲慢さを弁解しただけなんでしょうね。ということで、酔っぱらいの戯れ言でした。

 とりあえず、こんな性格の自分が幸せになれるとは思わないし、そもそも「幸せ」ってのがどういうことなのかすら分からないけど、せめて私が今までの人生で関わってきた人たちには幸せになって欲しいと思ってます。それだけは心の底から切実に願っています。May angel bless you all...
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2011年11月11日

A Man I'll Never Be

 三代続く大阪人を自称する私はお笑いにはうるさい。といっても、テレビで最近の漫才コンビやお笑いタレントを見て面白いと思ったことは一度もない。テレビで垂れ流される低俗なお笑い番組を見るくらいなら、YouTubeでやすしきよしやいとしこいしの漫才を見る。現役ならカウスボタンが一番好き。そんな私が最近お気に入りのお笑い芸人はMaz Jobraniというアメリカのコメディアン(兼俳優)。

 とりあえず、短くて笑えるのはこの辺。





 彼はイラン生まれのイラン系アメリカ人で、6歳の時にアメリカに移住した。アメリカ社会におけるイラン系やアラブ系などのマイノリティに対するステレオタイプをネタにし、イスラムやアラブ社会をネタに社会風刺の効いたジョークを披露しています。中東系のバックグランドを持つコメディアンたち4人でAxis Of Evil Tourというツアーをやったこともあって、ヨルダンのラニア王妃も彼のファンだと公言しています。


 この動画の9:15過ぎからの彼のセリフが素晴らしい。
We've got haters of all kinds, white, black, asian, middle eastern. All we have to do is as people counter that hate with some love, Spread love!
 彼のショーの映像を見る度に、彼のように政治的なメッセージを込めながらもそれをエンターテイメントとして昇華して、これだけ人を笑わせられる日本人がいるのか、またそういったジョークを受け入れる許容力があるのかと考えさせられます。日本で例えるなら、在日韓国人が韓国や北朝鮮を笑いのネタにしているようなものですからね。

 彼のインタビュー映像もいくつか見たけど、UCLAで政治学を学んでいたというだけあってかなり知的な印象を受けました。そんな彼はあるインタビューの中でこんなことを言っていた。
私は人種をネタにしたジョークを言うけど、決してあなたを笑いものにしているわけではない(not laughing at you)。あなたと一緒に笑っているんだ(laughing with you)。(中略)コメディアンの仕事は偽善を晒すことだ。しかし、被害者を笑いものにしてはいけない
 名言だと思います、はい。

 ちなみに、Axis Of Evil Tourの映像を漁っていたらWonho Chungというコメディアンのことも知りました。彼は父親が韓国人で母親はベトナム人、サウジアラビア生まれでヨルダン育ち。彼は5ヶ国語を操るが、一番得意なのはアラビア語で、そのアラビア語でスタンドアップコメディをやっています。Maz Jobraniのように彼もステレオタイプをネタにしたジョークをやっています。



 英語も堪能なのでドバイのテレビ番組でジェニファー・ラブ・ヒューイットのインタビューなんかもやってます。かなり素で話しているジェニファー・ラブ・ヒューイットが良い感じです。


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2011年10月16日

All By Myself

「人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないからだ。ただそれだけの理由なのだ。」(ドストエフスキー『悪霊』)


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2011年10月13日

葛藤

 「死のうと思っていた。今年の正月、よそから着物一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色の細かい縞目が織り込まれていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。」(太宰治『晩年』)


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2011年10月12日

Wish You Were Here

 「私は何ものかが私を殺してくれるのを待っていた。ところがそれは、何ものかが私を生かしてくれるのを待っているのと同じことなのである」(三島由紀夫「仮面の告白」)


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2011年08月28日

Who Knows Where The Time Goes

 携帯電話を携帯することを止めて1ヵ月以上になる。誰からも電話もメールも来ないし、私から誰かに電話やメールをすることもない。

 気がついたら部屋のカレンダーは6月のままだった。仕事帰りの電車の中で、職場のゴミ捨て場で拾った新聞を読んでいたら、半分読んだところで昨日の新聞だったことに気付いた。今が何月で、今日が何日かすら分からない。

 ただ時間だけが過ぎてゆく。なりたいものものなく、やりたいこともなく、誰かを好きになることもなく。ただ生きていく。また明日が来るから。だたそれだけの理由で。

 もういい加減このくだらないバカばっかの会社で働くのをやめようと思うんだけど、色々とあって辞めるに辞められない状態になってしまった。後がどうなっても知らないから、もう辞めちゃおうかなぁ・・・。だって、この5ヵ月間で8日間しか休んでないんだもん。しかもどれだけ働いても、給与明細の「出勤日数」は常に22日で変わらず。つまりは全てタダ働き。さすがにやってらんないっす。

 ちなみに、タイトルの"Who Knows Where The Time Goes"はFAIRPORT CONVENTIONというバンドの名曲から。40年以上前の曲なんで知ってる人はほとんどいないだろうけど・・・。こういう音楽について語れる人が身近にいれば、私の人生はちょっとはマシなものになっていただろうと思うんだけどなぁ・・・。



 ちなみに、部屋にミニー・リパートンの「Perfect Angel」のレコードを飾っている女性にこれまでの人生で一度だけ出会ったことがあって、この人となら話が合うかもって思ったけど、残念ながらその人は私の数少ない友人の彼女だった・・・。人生って上手くいかないものですね・・・。


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