2009年03月29日

What's so good about Laos?

I'm in Luang Prabang now. This town has the fucking slowest internet connection on the whole planet. I took me fucking 20 minutes to get to this page.

I was so pissed off today. The boatmen here are fucking wankers. Today was my last day in Laos and it was the shittest day ever. I'm glad I'm getting out of this country. People seem to love this country, but I just don't get it.

I'm taking a bus to Kunming tomorrow morning. I'm really looking forward to going back to China and seeing my Chinese friends.

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Handmade ferry crossing the Mekong

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One night in Vientiane

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Women crossing a river in Vanvien

2009年03月25日

誕生日に飲みまくり

 実は昨日が誕生日でした。29歳になっちゃいました。恐ろしいことです。思えばホントに長生きしたもんです。ここまで生きたらいつお迎えが来ても大丈夫です。もう思い残すことはないです。

 ということでバンビエンに来ています。完全にツーリストのための町で最初はかなり引いたのですが、この際開き直って遊びつくすことにしました。一人で来ても楽しくないでしょうけど、ビエンチャンで知り合った欧米人たちと一緒に来ていることだし。

 さて、このバンビエンでは"Tubing"なるものが人気らしい。一体何のことかと思ったら車のタイヤのチューブを浮き輪代わりにして川を下る遊びらしい。が、これはただの川下りではない。川沿いには音楽がガンガンに流れているバーが並び、そこに立ち寄っては酒を飲むわけである。ぶっちゃけ、まともに川下りをやっている人は少なく、みんなバーに座って飲みまくり。つか、スタート地点にもバーがあるので、スタートする前から飲んでいました。ウイスキーとレッドブルとスプライト(またはコーラ)をプラスチックバケツに入れたその名もずばり「バケット」という飲み物を。もちろんビアラオもありましたが。

 ひとつのバーで2.3杯のバケットを飲むとチューブに乗って少し下って次のバーに上陸。そこでまた飲む、というのをひたすら繰り返すわけです。途中のバーには滑り台やターザンのようにロープに掴まって川に飛び込めるところがあり、ぐでんぐでんに酔っ払ったヤツらが次々にダイブしていくわけです。ええ、私もダイブしまくりましたよ。まともに泳げないくらい酔っていたけど。そんな感じでわずか500mぐらいの距離を下るのに6時間以上かかり、私たち5人で10杯以上のバケットを消費しました。もうね、フラフラでしたよ。

 んで、夜は夜で川の中州にあるDJのいるバーに行ってまた飲みまくり。もちろん客はみな欧米人ツーリスト。ラオスの田舎町でこんな光景を見るとは思ってもいませんでした。結局、朝の11時から夜の1時までぶっ通しで飲み続けました。こんなに酒を飲んだのは間違いなく初めてです。ということでまぁなかなか楽しい誕生日でした。カメラを持っていかなかったのでチュービングの写真がないのが残念ですが。

2009年03月23日

ビエンチャン

 ということでラオスの首都ビエンチャンに来ています。特に何にもないところですが、首都とは思えないほどのどかだし、緑が多くてけっこう好きです。ここには2、3日いるつもりだったのですが、パクセからのバスで一緒だったスコットランド人のカップルとアメリカ人とイギリス人の女の子たちと昨夜飲みに行ったら、明日私たちバンビエンに行くんだけどあなたも一緒に来なさいよと強引に誘われてしまいました。ネイティウ゛スピーカー4人に混ざって話をするのは結構きついんですけど、まぁみんないい人たちなので。ということでこれからバンビエンに向かいます。

 そうそう、今朝はさっきまで宿のテレビでWBCの日本対アメリカを観ていました。前回のWBCの時も旅をしていたので、実はWBCを観たのは初めてだったりします。できることなら明日もここに残って決勝を見たいんですけどねぇ・・・。バンビエンじゃ見れないだろうなぁ・・・。

2009年03月20日

ラオスの旅事情

 ラオス南部のパクセという町に来ています。ラオスには2週間のノービザ滞在で来ているのに、結局ドン・デットには4泊してきました。あと10日ぐらいなら楽勝でいれましたけど、帰国日が決まっているのでね。ドン・デットでは「罪と罰」をがんばって読みましたけど、まだ1/3ぐらい残ってます・・・。

 ドン・デットはのどかで良いところでしたけど、島中がツーリストバブルって感じで、新しいゲストハウスが次々と建てられているし、物価もめっちゃくちゃ高いし、パクセやドン・コーンから日帰りで団体客がやってくるようになっています。メコン川の中州にビキニ姿(ラオス人は絶対にそんな格好はしない)で横たわる欧米人女性を見てこの島ももう終わりだなと思いました。今がホントにギリギリでしょうね。今ならまだ島を自転車で走っていると子供や老人が「サバイディー」(こんにちは)と笑顔で声をかけてきたりしますし。そーいう意味では今行けて良かったと思いますが。

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 ドン・デットの風景。(Don Det)

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 水浴びしていた水牛。(Buffalo taking a bath)

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 島の北から見た夕日。(sunset at Don Det)

 さて、このパクセですが、ここでもツーリストの姿はたくさん見かけます。ロンプラに載っていたレストランに行ってみれば値段が1.5〜2倍になっていました。客も欧米人ばかりだし。仕方なく高いのを頼んで食べていたら、ど派手な服を着た店のおかみが真新しいトヨタのピックアップで帰ってきました。儲かってるみたいですねぇ・・・。

 この辺はどこに行くにもツーリストバスがあって便利で快適なことは確かだけど、全然旅をしているって感じがしないですね。ラオス語で値段を訊いても答えは英語で返ってきたりするし。コーカサスや中央アジアに比べると簡単すぎて物足りないってのが正直な感想です。カンボジアもタイも似たようなもんだし、欧米人パッカーの多いところはどうしてもこうなっちゃうんでしょうかね。

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 メコンの朝焼け。カンボジアのコンポンチャムにて。(Sunrise on the Mekong at Kompong Cham, Cambodia)

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 メコンの夕日。カンボジアのクラチェにて。(Sunset on the Mekong at Kratie, Cambodia)

2009年03月17日

ドン・デット

 プノンペンから東へ進みベトナムに入るのが当初の予定でしたが、それを変更してコンポンチャム、クラチェと北上し、そこからラオスに入って今はドン・デット(デット島)というところにいます。ドン・デットはメコン川に浮かぶ島で、島の中央には水田が広がり、村を自転車で走り抜けると水牛や鶏が道を横切るというとてものどかでいいところです。観光客多いけど雰囲気をスポイルするまでにはいってないし。さすがマイミクの工事さんオススメのところだけあります。

 ここでは川沿いのバンガローを借りてのんびり過ごしています。ビールを飲みながらハンモックで読書・・・というつもりだったのですが、本の選択に失敗しました。バンコクのカオサンで手に入れた本はドストエフスキー・・・。しかも、「罪と罰」。重すぎます。暗すぎます。全然ページが進みません・・・。冬のベラルーシやウクライナではドストエフスキーも読めたんですけど、こんなところで読む本じゃないです・・・。

 写真もアップしたいのですが、この島のネットカフェはめっちゃ高いのでこの辺で。メールの返事などはまた次の町に行ってからやります。それではまた。

(I'm in Laos now. I'm staying on a peaceful island on the Mekon river called Don Det. This internet cafe is so expensive that I don't have time to answer your emails. I'll do it when I find a cheap internet cafe in the next city. Qiao!)

2009年03月13日

あるカンボジア青年の話

 プノンペンから日帰りで行ったプノム・チソールという寺院からの帰りに乗ったミニバスで一緒になった青年の話。

 彼はプノンペンの南のタケオ県出身の22才。プノンペンで大学に通っている。彼の実家は貧しい農家。以前は牛を7頭飼っていたが、彼を大学に行かせるために売って今は2頭しか残ってないらしい。彼は朝5時半に起きて午前中は授業に出て、午後は食堂でバイト。深夜に時間があればバイクタクシーもやる。そうして毎月の生活費35ドルと学費20ドルを稼いでいる。一日の睡眠時間は5時間程度。

 彼の両親はエンジニアだった。彼の父親は外国人と接する機会が多く、クメール語の他に英・仏・露・越の5ヶ国語がわかるらしい。しかし、クメール・ルージュ(ポル・ポト派)が政権を握り、彼の両親が働いていた工場を閉鎖。両親の友人の多くはクメール・ルージュの知識人粛清で命を落とした。「生き延びただけでもラッキーだった」と父親は言っているらしい。ポル・ポト政権崩壊後も内戦の影響でカンボジア経済が復興することはなく、夫婦はタケオ県の田舎で細々と農業を行っている。

 青年は「英語を勉強しているので観光ガイドになりたいけど、もしできるなら政治家になりたい。政治を変えて父をまた昔のようにその知識を活かせる仕事に就けてあげたい。」と言っていた。「でもお金がないから無理だけどね」とも・・・。

 バイクタクシーのドライバーたちの話も似たようなものだった。あるドライバーはタイの難民キャンプで育ち、独学で英語を覚えて観光客相手に商売をしている。農業をしようにも土地を買う金がないので他に選択肢がない(カンボジアは小作人がほとんどらしい)。別のドライバーは高校まで行ったけど姉が結婚して収入がなくなったので、高校を辞めてバイクタクシーを始めた。両親は農業をやっているが、土地は少ししか持っておらず収入はほとんどない。彼には小学校時代の同級生だった彼女がいたが、彼が貧しいので彼女の両親が交際に反対して別れさせられた。

 こういう人たちの話を聞くとこんな風に気ままに旅をしていて良いのかって思う。タジキスタンやキルギスでもそうだったけど、こういう人たちに対して「これまで50ヵ国以上に行った」とか「定職もなく旅ばかりしている」などとはとても言えない。それは彼らに対する冒涜でしかないと思う。必死で生きている人たちに対して申し訳ないというか、ヘラヘラと毎日笑って旅をしている自分が恥ずかしい。

 旅を切り上げて日本に帰ろうと思ったのはこういう理由もあるんです。こういう厳しい現実を見るのも大事なことなんだろうけど、自分の旅というものに対する認識を一度改める必要があるかなと思って。ということで、帰国は4月11日の新鑑真号でほぼ確定です。

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 丘の上に建つプノム・チソール。観光客は全くおらず、眼下にカンボジアの平野げ一望できて風が心地良い場所でした。1時間ぐらいずっと座って眺めていましたけど飽きることなかったです。

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 プノム・チソールのヴィシュヌ像とリンガ。ここは今は仏教寺院なんですが、なぜかヒンズー教時代の像も崇めています。いくらヒンズー教で仏陀はヴィシュヌの化身とされているとはいえ、仏教寺院でそれはないでしょう。ヒンズー教における仏陀は「人々を惑わせ異教を説くもの」という存在だし、シヴァの象徴であるリンガ(男根)に至ってはもう説明のしようがないです。まぁカンボジア人は純粋といえば純粋なんでしょうけど・・・。

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 プノム・チソールの管理人と近所の学生。彼らが食事をしているところに通りかかったら「食べていけ」と呼んでくれてご馳走になってきました。ヘビのスープとアヒルの煮込みを肴に米から作った蒸留酒で乾杯しまくりました。ちなみに、左端の管理人のおっちゃんの月収は25ドルとか。タイ並みの物価のカンボジアでそれはあり得ないというくらい安いです。

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 シェム・リアップ近くのクバル・スピンの滝で水遊びをしていた地元の子供たち。

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 どっかの遺跡で会った姉妹。

2009年03月11日

アンコール遺跡を満喫

 シェムリアップからバスで首都プノンペンにやってきました。シェムリアップでは3日半かけてアンコール遺跡を回りつくしました。アンコール・トムやアンコール・ワット、その周辺の寺院などのメインの遺跡以外にもバイクタクシーでかなり遠くまでに足を延ばしてきました。やっぱアンコールはすごいですわ。遺跡好きにはたまらないですね。

 10年前はデコボコの悪路をバイクで2,3時間かかったバンテアイ・スレイはきれいな舗装道路ができていて1時間弱で行けるようになっていたし(その分観光客が増えて魅力は薄れてましたが)、さらにその先のクバル・スピアンまでも楽勝で行けたし、10年前はガイドブックに載ってすらいなかったベン・メリアという遺跡まで行けました。もう思い残すことはないです。あと10年は来なくてもいいというくらい満喫しました。

 んで、夜は夜で毎晩バイクタクシーのドライバーに連れられてローカルな飲み屋をハシゴしてました。彼はめっちゃいいヤツで、私がバイクタクシーを使わずに自転車で回った日も夜は宿まで迎えに来てくれて一緒に飲みに行きました。男同士で熱いトークを繰り広げながら、毎晩フラフラになるまで飲んでました。いやぁ、ホント楽しかったです。

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 アンコール・トムの池で馬を洗う人。(a pool in Angkor Tom)

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 夕日スポットのプノン・バケンという小高い丘にある遺跡から見た夕日。昔はこの遺跡は普通に階段を上れたんですけど、今は周りの迂回路を登るようになっていました。しかも、10年前はまだ低かった木が成長して今は目の前にあって、ジャングルに沈む夕日はその隙間からしか見えなくなってました。夕日を見るために大勢の観光客が押し寄せるし、これも魅力が半減してました。(sunset)

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 ライトアップされたアンコール・ワット。この日の翌日が満月でした。もっときれいに撮りたかったけど、三脚がないので手持ちではこれが限界です。やっぱ三脚いるかなぁ・・・。(Angkor Wat)

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 夕日を浴びたアンコール・ワット。寺院手前の左側の池からのショット。よく見かける超メジャーなアングルです。今は乾季なので池の水は干上がっているはずなんですが、わざわざホースで水を引いていました。サービス精神満点です。(Angkor Wat at sunset)

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 ベン・メリアという崩壊してジャングルに埋もれた遺跡の入口にたむろする子供。観光客が来ると案内して周りガイド料を要求してきます。昔はこういう子供がアンコール・トム内の遺跡にもたくさんいたんですが、今はここでしか見れないみたいです。(Kids at Ben Melea)

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 ベン・メリア内部。今回行った遺跡の中では一番気に入りました。かなり崩壊しているんですけど、残るところはちゃんと残っているし、高い位置に遊歩道があって壁の上や建物の上から遺跡を眺められるんですよね。最高でした。(Half collapsed ruins of Ben Melea)

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 バイクタクシーのドライバーに連れて行ってもらった飲み屋のひとつ。川沿いにこんな小さな小屋が3つ並んでいて、客はこの中に座って飲みます。ヘビがあるというので行ってみたのですが、残念ながら売り切れで魚の干物しかなかったです。が、ここで飲んだヤシの樹液から作ったヤシ酒は美味かった。微妙に酸味があって微妙に甘くて、最初は少し戸惑いましたが、飲んでるうちに慣れてきました。2Lぐらいで1500リエル(約40円)と激安。(A local pub which my moto driver took me to. Palm wine was excellent!)

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 これも彼に連れて行ってもらった飲み屋の写真。でかい2つのバケツには一杯の氷と麦から作ったらしい不思議な味のする酒が入ってます。味を表現するなら炭酸の抜けたビールとクヴァス(ロシアのジュース)の中間みたいな味?最初はこれも抵抗がありましたが、飲み進めるうちに慣れてきました。ちなみに、ドライバーにアルコール度数を訊いてもらったのですが、店の人も知らないとのこと。(Buckets at another pub. One is full of ice, the other one had some strange taste drink)

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 鍋をつつくドライバー。カンボジアの物価からするとかなり高い店でしたが、地元民で一杯なだけあってめっちゃ美味かったです。特にスープが絶品でした。(My driver eating what they call "beef soup")

2009年03月08日

シェムリアップ川のほとりで私は泣いた

 ということでパウロ・コエーリョをパクってみました。彼の「星の巡礼」を読んでカミーノ・デ・サンティアゴの巡礼路に憧れ、実際に1ヶ月かけてそれを歩いた私ですが、実は彼の著作は苦手です。どこら辺がスピリチュアルなのかよく分からないんですよねぇ・・・。

 閑話休題。さて、かの有名なアンコール遺跡の近くにあるシェムリアップという町に来ています。約10年ぶりに来たのですが、あまりの変わりように呆気にとられています。変わったとは聞いていたけど、まさかこれほどとは・・・。なんですかこれは?

 街灯もなく一歩中心部を離れると真っ暗で、夜は出歩くのも怖かった田舎町がこの10年で恐ろしく変貌を遂げています。高級ホテルから安いゲストハウスまで数えきらないほど立ち並び、ミニカオサンのようなエリアができていて、24時間営業のコンビニまで登場しています。人口も大幅に増えたみたいで、バイクの通行量が半端じゃないです。

 発展したのは良いことだけどその弊害も顕著です。カンボジアは美しい国だし、人々もフレンドリーだけど、やっぱり金に関してはタイとは比べ物にならないほどがめついですね。特に観光客が押し寄せるシェムリアップは酷いです。面倒くさいので少々ならボラれてるって分かっていてもそのまま払うことにしているんですが、昨夜屋台で孵化する直前のゆで卵(ベトナムが有名なヤツ)を食べたら、12000リアル(3ドル)と言われたのにはビックリしました(通常の2倍以上)。

 カンボジアに来たばかりでレートに慣れてなかったのでつい払ってしまったのですが、すぐにボラれたことに気づいて戻ったら、ヘラヘラ笑って金を返すだけ。こっちが文句言っても開き直る。ムカついたので椅子を蹴ったら騒ぎ出した。悪いのはそっちだろうに。野次馬が集まってきたが、一人の頭よさそうな兄ちゃんを除いて他のやつらはみんな店側の肩を持つ。「椅子を蹴ったお前が悪い」と。野次馬がツーリストポリスを呼んできたけど英語もロクに話せなくて全然話にならない。

 いやぁ、ホント変わったね。10年前にもこの辺の屋台で食べたけど、そもそも英語はあんま通じなかったし、値段分かんなくて黙って1ドル札出したらちゃんと釣りが返ってきたもん。一人だけ話のわかる兄ちゃんは「今はどこでもツーリスト価格とローカル価格があるんだ。それにここで商売している人の多くは他所から来た人たちだからね」って言ってた。確かにそうなんだろうけど、なんか悲しいよねぇ・・・。この兄ちゃんと「ホントに変わったよねぇ」って話をしていたら涙が出てきましたよ。

 ちなみに、アンコール遺跡の周辺にある店の値段はあり得ないほど高いです。今日はどうしても水が欲しかったので、「高すぎるよ。普通はもっと安いでしょ」ってゴネたら4分の1の値段になりました。それでもシェムリアップ市内の倍ですけど。もうめちゃくちゃ。

 でも、雇ったバイクタクシーの兄ちゃんがなかなかいいヤツで、地元民しか行かない食堂に連れて行ってくれたり、明日は従兄弟の村に連れて行ってくれると言うし。まぁ最後まで心を許せないですけど、たぶんこの兄ちゃんは大丈夫だと思います。たぶん・・・ね。

 以下はバタンバンからボートでシェムリアップまで来た時の写真と動画。

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 川沿いの小さな集落。川岸に建っている掘っ立て小屋が彼らの家。観光地なおかげで援助団体が集中的に活動しているシェムリアップ周辺の村よりもはるかに貧しいです。日本などの援助で大きな橋やきれいな舗装道路が作られてますけど、こういう光景を見るとそんなものよりももっと必要なものがあるんじゃないかなと思いますね。(a floating village, probably one of the poorest village in Cambodia)

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 水上住宅の並ぶ村で行われていた結婚式会場の子供たち。客をピックアップするためにボートが寄ったのですが、見送りに出てきた新郎が私にもビールをくれました。(kids at a wedding party on a floating village)

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 今は乾季なので水深が浅いが、雨季になると川は増水します。なのでお寺も高床式。(a temple with a raised up floor)


 バタンバンを出て1時間半ぐらいのところ。


 下流にある水上集落。川沿いの村はほとんどがこんな感じで、陸地に建っている家はほとんどありません。(going through a floating village)

2009年03月06日

10年ぶりのカンボジア

 ということで約10年ぶりにカンボジアに来ました。殺人的な暑さで死にそうです。パジャマ姿で歩いている人を見るとカンボジアに来たって気がします。パジャマを普段着として着こなし、パジャマ姿で外出するというのは中国が有名ですが、実はカンボジアでもポピュラーで(もしかしたらクメール人ではなくて華僑だけかもしれませんが)、よくパジャマを着て普通に道を歩いている女の人を見かけます。

 さて、カンボジアはこの10年間に見違えるように発展して、観光客の数も尋常じゃないです。昨日越えたタイとカンボジアの国境ではイミグレに40人ぐらいの観光客が並んでいました。これまでに数々の陸路国境を越えてきましたが、あんなに外国人観光客の多い国境は初めてです。昨日泊まったシソポン(Sisophon)は見所のない町なのでさすがにほとんどいませんでしたが、今いるバタンバンはそんなにメジャーな町ではないのにかなりの数の観光客がいます。

 観光客相手に商売している人たちの強欲さとか、援助漬けで復興しているが為の問題点とか、カンボジアのムスリムの置かれている境遇とか色々と書きたいことはあるのですが、時間がないので写真だけアップします。続きはまた後日。(Photos of Cambodia)

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 昨日行ったバンテアイ・チュマール。シソポンからバイクタクシーで未舗装のデコボコ道を1時間半のところにあるアンコール時代の寺院跡。崩壊したまま補修されておらず、ジャングルの中に埋もれています。タイとカンボジア国境にあるカオ・プラ・ウィハーンをもっと大規模にした感じ。発見された当時のアンコール・ワットもこんな感じだったんだろうなぁっと思いますね。(Ruins of Banteay Chhmar)

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 バンテアイ・チュマールの有名なレリーフが残る門。(gate with a famous bass relief)

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 その近くにあった寺院。(some temple nearby)

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 そこら辺で遊んでいた子供たち。カンボジア人の子供ってホント人懐っこいんですよね。バイクで村を通り抜けるとみんな「ハロー!」って手を振ってきます。(kids)

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 バタンバンからバイクタクシーで行ったプノン・サンパウというとこの寺院にいた若い坊さん。煩悩丸出しな胸の刺青(落書き?)に注目。(monk with a tatoo)

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 こちらもバタンバンからバイクタクシーで行ったワット・バナンという寺院跡。(Wat Banan)

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 バタンバンの近くの何とかという川。明日はこの川をボートで下りアンコール遺跡観光の基点シェムリアップに向かいます。(some river whose name I can't remember. I am taking a boat on this river tomorrow to Siem Reap)