2009年01月21日

ブカレストの冬

 というわけでルーマニアの首都ブカレストに来ています。チャウシェスクさんの大開発ですっかり社会主義建築物でいっぱいの街になっているのかと思っていましたが、意外と古い建物が残っていてなかなかいい雰囲気です。ただ、路上駐車とゴミの多さには参りました。道路の両脇にはズラっと車が止まっているし、広場という広場も車で埋め尽くされていて、せっかくの景観が台無しです。そこら中ゴミだらけで汚いし。17年前に初めてイタリアに行った時を思い出しましたね。当時のローマもこんな感じでした。

 ということで、さっさと出ようと思ったのですが、風邪をひいて頭痛がひどく、腹の調子も悪かいので今日は休養日にすることにしました。今日がルーマニア最後の夜です。明日の早朝のバスでブルガリアに向かいます。

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 シビウの旧市街(Old town of Sibiu)。古い建物も鮮やかに塗り直されていて街並みにはさほど感銘を受けなかったんですが、この城壁の部分はいい感じでした。

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 ファガラシュ(Faragas)という町の要塞。シビウからブラショフに行く途中に寄ったんですが、壕に囲まれた立派な要塞でした。観光客も全くいなくて最高でしたね。

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 山の上から見たブラショフの街(Brasov)。近くにスキー場があるので、ルーマニア人観光客が多かったです。

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 反対側の丘から見たブラショフの中心部(Brasov)。ひときわ目立つのが「黒の教会」。火事で外壁が焼けて黒くなったのでそう呼ばれているらしいが、ユネスコが補修してしまったので今はあまり黒くないです。

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 ブラショフの城壁の外側の風景(Brasov)。

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 ブラショフの近くにあるブラン城(Bran Castle)。通称ドラキュラ城だが、ドラキュラのモデルになったヴラド・ツェペシュ公はこの城に一度立ち寄ったことがあるだけとか。朝いちで行ったのでガラガラですが、私が帰るころにはルーマニア人観光客がゾロゾロやってきてました。

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 クルテア・デ・アルジェシュという町にある16世紀の修道院(Curtea de Arges Monastery)。コンスタンチノープルから運ばれた大理石とモザイクタイルが使われているらしく、「バルカン半島でもっとも美しい宗教的な建物の一つ」と言われているとか。例によって観光客は皆無で満喫できました。ブラショフやブカレストには観光客いっぱいいるのに、ちょっとマイナーなところに行くと全くいないんですよね。

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 クルテア・デ・アルジェシュから乗ったローカル列車(Local train)。一両編成のめっちゃボロい路面電車みたいな列車でした。

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 チャウシェスクの夢の結晶「チャウシェスク宮殿」(正式には国民宮殿)。現在は国会として使われているそうです。アメリカのペンタゴンに次いで世界で二番目にでかい建物だとか。街中には他にもチャウシェスクの肝いりでつくられた巨大建造物がたくさんあるのですが、どれも社会主義的で美しくないんですよね。そこら辺がトルクメンバシュ様とのセンスの違いでしょうかね。他にもシャンゼリゼ大通りよりも6mだけ長い通りを作ってみたりと、どうもレベルが低いです。

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 ブカレストの凱旋門(Arc de Triomphe)。パリの凱旋門と同じく交差点の真ん中に建っています。

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 ブカレストの下町にただずむ小さな修道院(Monastery in old Bucharest)。表通りには巨大な社会主義時代の建築物が林立するブカレストですが、裏道に入るとこういう小さな教会や古い建物が残っているんですよね。

2009年01月15日

既知との遭遇

 ということで、シギショアラ(Sighisoara)という町にきています。先日、40日近く日本人と会ってないと書きましたが、あれを書いた直後に出会っちゃいました。それもよく知っている人に。泊まっているホステルのドミに戻ったらいたんですよね、その人が。彼に会うのはこれで5回目。それも全て今回の旅。こう書けば分かる方には彼が誰なのか分かるでしょう。

 最初はウルムチ、次はビシュケク、タシュケントにトビリシ。そしてクルジュ・ナポカ。私は基本的に日本人宿に泊まらないのにこれだけ出会っている。そして約40日ぶりに出会った日本人が彼だったということはとことん縁があるようです。まぁ今後のルートは違うのでもう出会うことはないでしょうが・・・。とにかく、久しぶりに会った日本人が知り合いだったので、その夜はけっこう遅くまで語ってしまいました。

 ついでなので、溜まっていた写真をいくつか。

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 今回訪れたマラムレシュ地方(Maramures)の木造教会(wooden churches)の中で最も味のあったのがこのIeudという村にあったもの。旅行人編集長の蔵前さんも去年の夏にこの辺を訪れていたみたいで、ある工房のゲストブックで彼の書き込みを発見しました。

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 Ieudで完全に凍結した川の上を歩く私。時々ミシっと鳴るのでかなりビビりながら渡りました。

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 Botizaという村の教会からの村を見下ろして。この辺の女性の多くは黒を基調とした民族衣装を着ていますが、その模様やカラフルな前掛けのデザインは村ごとに違うとか。

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 とある村にあったツィカというプラムから作るお酒を作る装置。手作り感あふれる作りです。ちなみに、これは個人の持物で、この人は他にも手作り感あふれる粉挽き機や脱穀機(ともに水車で動く)を持ってました。村人はこれらを借りて使う代わりに、全体の10%を所有者に払う仕組みだそうです。

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 トランシルヴァニア名物らしい要塞教会(fortified church of Biertan)。これはビエルタンという村にあるもので2.5重の壁に守られています。オスマン・トルコの襲撃に備えて教会を強固な壁で囲んだそうです。

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 上の要塞教会の外壁。セメントで固めて上からペンキでブロックの模様を書いている。もうね、ほんとブチ壊しですよ。世界遺産でこれってあり得ないでしょ。この辺って素晴らしい歴史遺産があるのに、どこもこういう手抜きな修復をしているんですよね。かなり興ざめです。

 ちなみに、ビエルタンへは途中の村まで電車で行き、そこからヒッチハイクを試みたのですが、交通量が少ないうえにたまに通る車もなかなか停まってくれず。20分以上待ってやっと停まってくれたのがこれ。

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 にいちゃん2人が乗っていた荷馬車。これまでにもたくさん見かけてはいたけど、まさか乗ることになるとは思ってませんでした。タイヤはゴム製なので揺れもなくなかなか快適でした。速度は・・・まぁ歩くよりは速かったとだけ言っておきましょうか。

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 シギショアラ(Sighisoara)の丘の上にある旧市街。城壁が完全に取り囲んでいるんですが、周りの建物が邪魔でいまいち絵になりません。城壁内もあまり整備されておらず、かなりボロっちい印象。こんなしょぼい街にチャールズ皇太子が二泊もしたとは思えないんですが。

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 トゥルグ・ムレシュ(Targu Mures)という街にある文化宮殿の中のステンドグラス。この地方の民話を題材にしていて、今まで見たステンドグラスの中でもトップクラスの美しさ。

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 拡大図。身分違いの恋に落ちた二人だが、それに反対する男の母親が邪魔をして、絶望した娘は自殺してしまうという悲しい民話が題材とか。

 ちなみに、この文化宮殿にあるコンサートホールをのぞいてみたら、オーケストラが今夜の公演に備えて練習していました。ふと指揮者の顔を見ると日本人っぽい・・・。慌てて外に出てポスターを確認すると、やはり日本人でした。尾崎晋也氏。ネットで調べたところ、トゥルグ・ムレシュ交響楽団の常任指揮者だとか。せっかくなのでコンサートを観たかったのですが、シギショアラから日帰りで行っていたので無理でした。うーん残念。

2009年01月12日

ルーマニアの車窓から

 2ヶ月ぶりに日本語入力のできるPCに出会ったのですが、あんま書くことがありません。写真をアップしたいけど、このPCはUSBを繋いでも認識してくれないし。つか、今時OSがWin98なんてありえないでしょ。タジキスタンの僻地パミールのネットカフェだってXPだったのに。しかも、HDDが2GBでメモリは128MB。私が10年ぐらい前に組んだマシンが確かそれくらいのスペックだったぞ・・・。

 ということで、ルーマニア北部の農村地帯に別れを告げて、トランシルヴァニア地方の入口のクルジュ・ナポカ(Cluj Napoca)という街に来ています。これまで3週間ずっと銀世界だったのですが、ここには雪がありません(といっても気温は氷点下ですが)。そしてめっちゃおしゃれな都会です。今回の旅で一番の都会かも。人口30万の街でこれだったら、ブカレストはもっとすごいんでしょうね。さすがEUに入れてもらえただけあるわ・・・なんて感想はたぶん東から来た人だけで、東欧を回っている人は言わないでしょうが。

 つか、ここに来る列車がヤバかったです。ルーマニアの列車のキップには距離が印字されているんですが、シゲットから乗換駅のサルヴァまでの距離は118km。なのに、所用時間は何と5時間。途中の駅で接続待ちのため40分停車するとはいえ、平均時速30km以下でっせ。おまけに最初は暖房の壊れている車両に乗っていたので、寒くて死にそうだったし。途中で検札に来た車掌が暖房の効いている車両に連れていってくれたので、後半はなかなか快適でしたけどね。

 でもね、このオンボロ列車の車窓からの景色が素晴らしいんですよ。列車はずっと山の中腹を走るので、一面の雪景色の中で谷間に点在する小さな村を見下ろしながら走るんですよね。これがもう最高でした。マラムレシュ地方やブコビナ地方で色んな村を回ったのも楽しかったですが、この列車の旅が一番でしたね。あんな奥地まで行った甲斐がありました。写真をアップしたいのですが、上記の理由でできないのでまた後日にでも。

 あ、そうそう、前回の記事で「日本人の女の子が来る」と書きましたが、メールに書かれた彼女の名前を見て日本人だと思った宿のオーナーの勘違いでした。実際に現れたのはマレーシア生まれの中国系オーストラリア人の女の子。まぁそれでも約1ヶ月ぶりに他の旅行者と出会って会話をしたのは良かったです。彼女とは一緒にヒッチハイクで木造教会巡りをしました。小さな村をいくつも回ったのですが、一日に5回もヒッチしたのは人生で初めてです。でも、みんな親切で快く乗せてくれるので意外と楽でしたけど。

 ということで、「日本語を話してない記録」は現在も更新中。最後に日本人と会話したのは12月5日なので、すでに40日近いです。オーストラリアにいた時もたまに日本人と会って会話はしていたから、これは間違いなく最長記録。トランシルヴァニアに入ればそれなりに観光客はいるらしいので、まぁそのうち出会うでしょうけど。

2009年01月10日

今さらながら謹賀新年

 久しぶりに日本語を読めるPCです。というか元々は読めなかったんですが、システムの管理が緩いので勝手にフォントをインストしちゃいました。

 ということで、ルーマニア北部のマラムレシュ地方(Maramures)のシゲット・マルマツィエイ(Sighetu Marmatiei)という町に来ています。めっちゃ寒いです。昨日は-18C°の中を3時間ほど歩き続けて死ぬかと思いましたが、まぁ何とか無事に生きています。

 明日の列車でここを立つつもりでしたが、宿のオーナーから今夜日本人旅行者がやってくると聞いて考えを変えました。実はここ1ヶ月以上日本人に会ってないんですよね。つか、日本人どころか外国人旅行者すら全く会ってません。いかにも異国にいるという雰囲気が味わえるので、個人的にはそういうところの方が好きなのですが、やっぱりたまには日本語をしゃべりたいなと。ということで、出発を1日か2日伸ばすことにしました。あっ、今夜来るっていう日本人が女の子だってことはこの決定には一切関係ありませんので、その辺のこと誤解なきようお願いします。

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 モルドウ゛ィッツァ修道院。スチャウ゛ァ周辺はこういう外壁にフレスコ画が描かれた修道院が有名で、5日ほどかけて8ヵ所の修道院を回ってきました。

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 こんなフレスコ画。コンスタンティノープルの戦い。オスマン帝国に脅かされていた頃に描かれたものなので、この辺ではメジャーなテーマです。

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 ヒッチハイクで修道院巡りをしていたら、車に乗せてくれただけでなく、家に招待して食事をごちそうしてくれたおっちゃんがいたのですが、この娘はそのおっちゃんの孫娘。ひとつ年下の妹と家中を駆け回っていた元気な女の子でした。

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 マラムレシュ地方特有の木造の門。こーいう門が家の前にどんと構えています。これは木彫り職人の家の門でかなり立派。

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 マラムレシュ地方では車に混じって普通に馬車が走っているので、町中にはこういう標識がたくさんあります。

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 この地方は古い木造教会で有名なのですが、これは最近作られたもの。世界で最も高い木造教会としてギネスに申請したら、土台が石なので認められなかったとか。

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 同じ村にある墓地。十字架には亡くなった人の人生や死に様をユーモラスに描いた絵と文章が刻まれていて、有名な観光地になっています。こういう墓を作ったり、世界で最も高い木造教会を作ろうとしたりと、この村の人は変わったことをやるのが好きなようです。

2009年01月07日

Magical Monastery Tour

I'm still staying in Suceava. Not surprisingly, I am in the same internet cafe. i.e. no Japanese and no photos.

I have been here for 6 days. The hostel I'm staying is a really nice place, its owner is a great host and she and her father cook me a lot of nice Romanian food. I wasn't planning to stay here for such a long time, but I just couldn't leave.

For the last few days, I have been visiting the famous painted monasteries. Most of them are in small villages which are not easy to reach with public transport. I have tried all the methods to reach them, on foot, train, bus and hitchhiking. Hitchhiking is quite common in Romania and usually it is not hard to get a ride. But, sometimes there is just not much traffic. Today I had to stay in the snow with a temperature of -10°C for one hour, until a nice old lady stopped and gave me a ride. My face and feet were so numb that I thought I was gonna die...

At last I've done with the monasteries. So I'm planning to leave here tomorrow. Though I have not decided yet, it is likely that I will be heading for Maramures Region, the very north of Romania, which is highly recommended by the Romanian people I have met.

2009年01月02日

La Multi Ani 2009!

La Multi Ani 2009! (Happy New Year in Romanian). I wish you all a Happy New Year and may it be full of joy and happiness.

But I'm not happy. Again, I'm in an internet cafe that doesn't have the Japanese font on their PCs. And guess what? It is the only internet cafe in this town! It sucks. You see? This is why I hate coming to Europe. It's bloody useless if I can't read Japanese. And what is even worse is that they have a stupid security system that disables the use of USB devices. So I can't upload my photos. IT REALLY SUCKS!

As I wrote in the last post, I left Kishinyev on the New Year's Eve and arrived in Iasi on the same day. Not surprisingly, the cheapest hotel in Iasi was almost full and they only had an expensive double room. I had no choice but to stay there. I was going to spend two nights in Iasi, but because of that I decided to cut it to one night. Iasi was a nice city with lots of old churches though.

I had a pretty boring New Year's Eve. I was alone in my crappy hotel room. All I had for the dinner was a bottle of wine which I bought in Moldova (Moldova is famous for good wine), cheese and bread. I emptied the bottle within 30 minutes, then I went out to the city center where they had a celebration. I watched the concert and saw the fireworks and then went back to my hotel and slept. What an exciting eve I had.

On the New Year's Day, I got up at 8am and took a train to Suceava. The hostel in Suceava had no other tourists, but friends of the owner were staying there. I had a big big dinner with them last night. I hadn't eaten that much meat for such a long time. And of course lots of drinks!

I am taking a day off today and tomorrow I will start my visit to the painted monasteries for which this region is famous.

2008年12月29日

"自称"沿ドニエストル共和国

 この世界には"自称"国家(非承認国家)と呼ばれるものがいくつかある。なぜ"自称"なのか。それは国際社会の構成員である多くの国から国家として承認されていないからである。記憶に新しい南オセチアやアブハジア(ロシアのみが承認)、ナゴルノ=カラバフ(アルメニアのみが承認)、北キプロス(トルコのみが承認)などがそうである。

 そんな"自称"国家のひとつがこのモルドバにもある。その名は沿ドニエストル共和国(英語名Transdniester)。ドニエストル川の東岸に位置し、スターリンを崇拝するスミルノフ大統領とその家族が独裁体制をひいている恐ろしい国。表裏でバックアップしているロシアですら承認していないけど、独自の議会、国旗、通貨、軍隊、警察などを持ち、やってることは何ら独立国と変わらないという国。そんな国に行ってきました。キシニョフからバスで1時間半ぐらいなので日帰りで。

 沿ドニエストル共和国の国境警備隊は腐りに腐っていて、旅行者が通りかかる度に難癖をつけて金を要求する。中には拳銃を突きつけられて200ドルも取られた人がいる、なんて噂も聞いていたのでめっちゃビビりながら行ったわけです。一眼レフのデジカメとかメモリーカードとか金目のものは全部宿に置いて、ドルやユーロもズボンの中に隠して。

 が、めっちゃあっけなく入国成功。モルドバ側はノーチェック(建前上はモルドバ国内なので出国にならない)。中間にあるロシア軍による停戦監視部隊のオフィスで登録。歩いて沿ドニエストル側のイミグレに行き、入国カードに記入して提出したら終わり。

 税関で$5、イミグレで6レイ払わなければ入国できないと聞いていたけど、税関はなくなっていたし、イミグレで金を出したら外国人は払わなくて良いと言われた。拍子抜けするほどあっさりしていて、もしかして間違った国に来てしまったんじゃないかと思ったほどでした。何があったか知らないけど、あれほど悪名高かった国境が一変しているようです。

 そんなわけで無事に沿ドニエストル共和国に潜入。首都のティラスポリ(ティラスポール) とベンデール(ベンデリー)という街に行ってきましたが、驚くほど普通の国でした。街の規模は遥かに小さいけど、雰囲気はキシニョフとほとんど変わらず。警官に職務質問されることもなく、写真を撮っているのを見つかって連行されることもなく、本当にごく普通の国でした。もちろんそれは表面的な話だけなんでしょうけど、表面的にはウズベキスタンやトルクメニスタンの方がよっぽどヤバイ国です。

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 レーニン像の背後にそびえ立つ大統領官邸。警備の警官の姿もなく、写真をとっても怒られることもなし。こんなんでいいの?

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 ベンデールのバザールで魚を売るおばちゃん。ごく普通の光景。ドニエストル川で魚を捕っているのか、バザールには新鮮な魚を売ってる店が多かったです。

 そうそう、沿ドニエストル共和国は国際的に承認されていないと書きましたが、実は承認している国が3つだけあります(私の知る限り)。そのうちの2つの大使館(というよりも代表部みたいなものかな?)をティラスポリで発見。

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 南オセチアとアブハジアの代表部。両国の国旗が誇らしげに掲げられていました。ちなみに、もう1つの承認している国はナゴルノ=カラバフ。国際社会の除け者同士で仲良くやろうってことみたいです。

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 両替屋のレート表。沿ドニエストル共和国は独自の通貨、沿ドニエストル共和国ルーブルを使用していますが、どこの国からも承認されていないので、このお金は国外に出るとただの紙切れで両替できません。でも面白いので、記念に紙幣と硬貨をいくつか持って帰ってきました。

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 プーチンとチェ・ゲバラが並んだポスター。この横にはメドヴェージェフとチェ・ゲバラが並んだポスターもありました。

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 ソ連時代のアフガン戦争のモニュメント。ターミネーターのような兵士の像がかっこよかった。

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 ベンデールの政府関係の建物。銃弾の跡がたくさんある。ベンデールは91-92年の内戦で激戦地となった場所で、他にも銃弾の跡が残っている建物がいくつかありましたが、街並みはほぼ完全に復興されていました。

2008年12月28日

マイヤヒーの国からこんにちは

 ということでモルドバの首都キシニョフに来ています。美人スタッフのいる小さなユースホステルに泊まっているのですが、ここで久しぶりに日本語読めるPCに出会いました。

 えーと、何から書こうかな。えっ?クリスマス?この辺の国はいわゆる東方正教の国なのでクリスマスは1月7日です。これからクリスマスの準備というところで、街中ではモミ木を売っているのをよく見かけます。そんなわけでこっちではまだクリスマスソングが流れています、クリスマスツリーもそこら中にあります。

 つか、キシニョフめっちゃ寒いです。ウクライナもここ数日ずっと雪で寒かったのですが、今日のキシニョフの気温は最低がマイナス8度で最高がマイナス6度。寒くて外に出る気になりません。でも、バザールでは普通にみんな商売してます。こっちの人は一体どういう体の構造になっているんでしょうかね。

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 早朝のバザール。

 昨夜ウクライナのチェルニフツィから夜行バスでやって来たのですが、キシニョフに着いたのは何と朝の4時。チェルニフツィのバスターミナルの時刻表では7時着になっていたんですけどね・・・。バスターミナルの待合室で時間を潰そうと思っても待合室が開くのは6時から。朝の4時にマイナス8度の街にほうり出されてホント困りました。ロンプラに24時間営業のネットカフェがあると書いてあったので行ってみたけど、2つともなくなっていたし。クソ寒い中無駄にでかい街をさまよって、何とか鉄道駅にたどり着いてそこで朝まで待ちました。そこも暖房は入ってなかったけど、室内なので外よりはまだマシでした。明日の天気予報も最高気温マイナス4度だし・・・。もう寒いとこは十分なんですけど・・・。

 さて、ヨーロッパで最も貧しい国と言われるモルドバですけど、少なくとも首都に限っていえばアルバニアのティラナには勝っています。キシニョフは無駄に広くてバカでかいという典型的ソ連型の街ですが、中心部はそこそこ繁栄していますし、バザールの規模もかなりでかいです。首都のバスターミナルがただの空地なアルバニアとは違います。もっとも、この国は貧富の差が大きいだけで、オシャレなショッピングセンターの外で物乞いしている人も多いし(たいていはロマ)、中心部から少し離れたら今にも崩れそうな家を見かけます。大学の周りにはこんな看板を掲げた旅行会社が多数。

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 とまぁ色んな意味で面白い街ですが、特に見どころがないのでヒマです。明日はもっと見どころがないけどちょっと変わったところに行く予定。無事に生還できたらご報告します。