2008年12月06日

オデッサ作戦開始!

 えー、フェリー乗り過ごしたって書きましたけど、どうやら直前にならないと運航予定がネットにアップされなかったようです。昨日念のためにネットでチェックしてみたら本来の土曜日の便があったので、あわてて夜行列車に飛び乗ってポティという港町に来ました。午前中にオフィスでチケットを手に入れて、あとは夕方の出航を待つだけという状態です。

 ということでいよいよウクライナです。フェリーの目的地はかのオデッサ近くの港イリチェフスク(Ilyichevsk)。日本人にとってオデッサといえば映画「戦艦ポチョムキン」で有名な階段ですが、実は旧ソ連を代表するリゾート地なんですよね。せっかくだから夏に行ってビーチでウクライナ美女のセクシーな姿を拝みたかったけど、まぁこの際贅沢はいってられません。つか、オデッサとかダカールとか聞くと不思議と血が騒ぐんですけどそれは私だけでしょうかね?

2008年12月01日

旅と好奇心

 最近ちょっと思うことがある。せっかく遠く離れた異国に来ているのだから、見るもの聞くもの食べるもの、その全てに興味を持ちたいと私は思っている。街を歩いていてグルジア語の看板を見るとなんて書いてあるか気になるし、バスの車内で乗客同士が会話しているのを聞くと何を話しているのか気になるし、マーケットでいろんな食材が売られているのを見るとどんな味がするのか食べてみたくなる。

 だから、グルジア語も数字や簡単な言葉は覚えたし、あの変なグルジア文字も何とか読めるようにはなった。街を歩いている時も長距離バスに乗っている時も常に周りを観察して、何か興味深いことがないかと探している。それが私の旅のスタイルだし、それが私が旅をする理由。

 でもね、なかなか同じような人っていないんですよね。自分の価値感を他人に押し付ける気はないけど、見知らぬものに対する好奇心ってのを共有できる人ってのにはなかなか出会えない。最近いろんな旅人に会ってそんなことを考えました。

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 トビリシの街。

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 丘の上に立つ巨大な「グルジアの母」像。某ガイドブックは「実写版マグマ大使」と評していた。

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 グルジア料理のヒンカリ。肉汁たっぷり&パクチーたっぷりの肉まんみたいなもの。

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 お総菜屋さんで買った夕食とワイン。レバーの炒め物とナスとクルミ(?)のペースト状サラダ。右の黒いものは偽物キャビア。キャビアという名前で売っていたが、実はチョウザメではない別の魚の卵に黒い色をつけたものらしい。

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 アチャラ風ハチャプリ。チーズたっぷりのパンの真ん中に卵とバターを落としたもの。めっちゃ高カロリーだけど美味い。

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 トビリシの街中で見かけた看板。英語で「NATOへの加盟が我々の最大目標だ」と書かれている。バスの車体に「STOP RUSSIAN AGRRESSION!」と書かれた広告も見た。だれにアピールしたいのか分からないけど、ロシアの挑発に乗って手痛い反撃を喰らい実質的に南オセチアを失ったグルジア政府の必至さが伝わってくる。

2008年11月29日

クタイシ&ヴァルジア

 クタイシ&ヴァルジアへのプチ旅行を終えてトビリシに戻ってきました。恐れていた通りクタイシでは2日目の夜も狂気の宴が繰り広げられましたが、宿の老夫婦は本当に客好きで親切な人たちでした。

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 酒をんで踊るスリコ&メディコ夫婦。とても仲の良い夫婦で、酔ったスリコ(旦那さん)がメディコとイチャつこうとして冷たくあしらわれるのが微笑ましかった。自分も歳を取ったらああいう夫婦になりたいと思ったものです。まぁ私は結婚する気はこれっぽっちもないですけど。

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 クタイシ近郊のゲラティ修道院。なかなか絵になる修道院。

 クタイシの後に行ったヴァルジアはトルコ国境近くの渓谷にある洞窟都市の跡。シーズンオフのため宿がすべて閉まっていましたが、何とか泊めてもらうことができました。朝晩はめっちゃ寒かったですけど、わざわざいく価値のある遺跡でしたね。宿では美味しい自家製ワインも飲ませてもらえましたし。

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 遠くから見るとこんな感じ。穴がいっぱいある。最盛期には数万人が住んでいたとか。

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 近くで見るとこう。穴は全て洞窟で内部はトンネルで繋がっている。カッパドキアの洞窟教会+地下都市といった感じ。昔はもっとたくさん教会があったらしいが今は一つしか残っていない。最近また活動を再開したらしく、こんなすごい所に修道士が住んでいた。

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 ヴァルジア遺跡近くのVanis Kvabebiという洞窟修道院。これがまたすごいロケーションにある修道院で、トンネルで繋がれた洞窟がたくさんあり、その上の絶壁にへばりつくように教会が立っています。手すりのない崖の道を登らないと教会には行けず、一緒に行った高所恐怖症のG君はめっちゃビビりながら登ってました。残念ながらこの写真ではこのロケーションのすごさは伝わらないでしょうが・・・。

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 Vanis Kvabebi近くで見かけた白馬。

 ついでにグルジアに入って最初に行ったテラウ゛ィ周辺の写真も。

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 グレミ修道院。丘の上に立っているのでとても絵になった。

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 グレミで出会った近くの村の子供たち。英語はおろかロシア語も通じず、グルジア語でまくしたてられて困った。でも、木の実を取ってくれたりしてとても楽しかったです。

2008年11月26日

クタイシの宴

 トビリシを離れてクタイシという街に来ています。ここに来るのは二回目。昨日の夕方についたのですが、宿に選んだ有名な民泊(通称スリコの家)では16時半から食事が始まり、奥さんのおいしい手料理を腹一杯食べさせられて、これまた美味しい自家製ワインを吐くまで飲まされてました。うわばみグルジア人と6時間ぶっ通しで飲み続けましたよ。死ぬかと思った。今夜もすごいことになるんだろうなぁと思うと、楽しみな半面怖いです。

 今朝も朝からワインを飲まされましたが、なんとか気合で観光してきました。写真をアップしようと思ったのですが、このネットカフェのPCがボロすぎてできません。無事に生きてトビリシに帰れたらアップします。

2008年11月24日

トビリシの冬

 微妙に体調壊しています。原因はやはり宿が寒すぎること。暖房はあってないようなもので、部屋の中でもインナーダウンを着ています。さらに毎晩グルジア名物のワインやチャチャという強烈な蒸溜酒をしこたま飲んでおり、とても健康的とはいえない毎日を送っています。今日も午後は他の日本人旅行者2人とハマム&ビールという定番のメニューをこなす予定。

 さて、さっきメトロに乗ってこのネットカフェに来たわけですが、街中にやたらと警官の姿が目につくわけですよ。国民の2人に1人は警官じゃないのか、というぐらい警官がウジャウジャいるウズベキスタンなど中央アジアと違って、グルジアではそんなに警官の姿を目にすることはないんですよね。それなのに今日はやたら多い。なんでだろうなと思ったら、昨日例の南オセチア周辺で大統領の車列が銃撃を受けたようで(ニュース記事)。いやはや、ぶっそうな国です。出会ったグルジア人と話をしてもロシアの悪口ばかり聞かされますし、どうにもこうにもグルジアは大変です。

2008年11月21日

写真で振り返るアゼルバイジャン

 ということで、今さらですがアゼルバイジャンの写真を。

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 バクーの街。大都会でした。石油のおかげで建築ラッシュ中。その規模は上海以上。そこら中で工事やってました。

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 バクー旧市街の象徴、乙女の塔。

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 中心部を歩いていると映画(たぶん)の撮影現場に遭遇。この二人が主役っぽかった。男の方はいかにもトルコ系の濃い顔をしたハンサムだったけど、女の方はちっとも美人じゃなかった・・・。

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 バクーのバザールで壺やナイフなどのガラクタを売っていたおっちゃん。

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 アゼルバイジャン料理のタウ゛ァ・ケバブ。ハンバーグを香草と卵で閉じたもの。アツアツの鉄板に乗って出てきてめっちゃうまかった。

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 アゼルバイジャン名物のハシュという羊のスープ。香辛料をほとんど入れずに羊肉をひたすら煮込んだだけという強烈なスープ。一口そのまま食べてみたらあまりの臭さに吐きそうになった。チベットのヨーグルトご飯ショムデーを思い出した(ショムデーを食べた時の話)。臭い消しとして刻んだニンニクと酢を混ぜたものが付いてきてそれを混ぜて食べたけど、それでも強烈な臭いがしました。

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 ハンギャルというパスタに挽肉とバターをかけた料理。美味しいけど味が単調なので半分ぐらい食べると飽きます。

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 おおっ、BURGER KINGがある!と思ったらBURGER KINGSと"S"が付いてました。ロゴもよく見るとイスラムの象徴の新月がアレンジされているし、メニューもトルコ料理ばかりだし。

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 アゼルバイジャン北西部のシェキというところにあるハーンの宮殿。宮殿というにはこぢんまりとしていたけどステンドグラスの内装がきれいでした。

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 その近くにあった教会。

2008年11月19日

Gergia On My Mind

 ということで2年4ヶ月ぶりにグルジアの首都トビリシにやって来ました。2日前にアゼルバイジャンからグルジアに入ってテラウ゛ィという町に2泊してきたのですが、その辺の話はまたの機会にでも。

 とにかくトビリシですよ。日本を出た時からここに来ればゆっくりできると信じて中央アジアの荒波に耐えてきたわけですよ。トビリシには昼頃に着いたのですが、宿で休む間もなくお風呂セットを持ってハマム(公衆浴場)に向かいました。ここのお湯は温泉でしかもこの辺には珍しく大きな湯船があるんですわ。それに浸かって長旅の疲れを癒した後は、近くの立ち飲み屋で生ビールとソーセージ。いやぁサイコーでした。ホント生きていて良かったと思いましたね。頑張って中央ジアを抜けてきた甲斐がありました。

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 生ビールと茹でたソーセージ200gで4.2ラリ(約250円)。パンはタダ。至福の瞬間。

 楽しみにしていた宿(民泊)は大幅に値上がりしていた。しかも暖房は無いに等しい。さらに他に宿泊客がいない。ここで再開を予定していた人も入れ違いで旅立ったみたいで出会えず。とかなり残念な結果でしたが、まぁハマムに入ってビール飲んでソーセージを食べれたので満足です。今日は今回の旅で一番うれしい日でした。今回は一人で行ったので、2年前に一緒にビールを飲んだK君がいないのがちょっと寂しかったけど・・・。

2008年11月16日

トルクメニスタン突破! Pt.2

DAY3:
 アシュガバート郊外にあるパルティア王国の首都だったニサ遺跡へ。

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 メインの部分はこれだけ。かのローマ帝国とオリエントの覇権を争った国の首都にしてはこじんまりとしていたが、後に調べたところここは初期の首都で、後に別の街に遷都されたと知って納得。ほとんどが泥でできていたので建物はあまり残っていない。

 夜行列車でカスピ海沿岸の街トルクメンバシュへ。今度の列車は中国製の新しい車両で快適。が、アシュガバート駅を出て3分ほどで突然停車。車内アナウンスはほとんど理解できなかったが、後ろの車両がちゃんと連結されてなかったとかそんなことっぽい。乗客のトルクメン人笑ってた。1時間以上停車して再出発。

DAY4:
 朝9時半にトルクメンバシュ到着。歩いて港へ行きキップ売り場のリストに名前を記入して待つ。やはりキップの発売はいつになるのか分からないらしい。いつ始まるか分からないので港から離れるわけにもいかず、待合室のベンチでずっと座って待つ。私の他にも5人待っていた。3人組のおばちゃん(ロシア連邦内のタゲスタン共和国の人)が晩ご飯をわけてくれた。おばちゃんたちたくさん荷物を持っていたけど、そのうちのバッグ一つ丸々が食糧だった。このフェリーに乗るのは慣れてそうだったので準備バッチリ。

 結局、深夜になってもキップ販売なし。諦めてベンチで寝る。寒かったので途中から寝袋で寝た。

DAY5:
 朝起きても何も変わらず。ビザは今日で切れるんだが。食糧調達のために近くの店へ行く途中、女性の日本人旅行者とばったり出会う。彼女もフェリーでアゼルバイジャンに行くらしい。話をしてみると、2年前にイランで会ったけいさん一行と一緒にカスピ海を手こぎボートで横断した人だったことが判明。そんな人とまさかカスピ海のほとりでばったり出くわすとは・・・。世界は狭い。私がけいさん一行と別れた後で彼女は参加したので今回が初対面だったが、あのメンバーに付き合って無謀な冒険をしただけあって変わった人だった。

 12時半ついにチケット販売開始。待つこと26時間、やっとキップをゲット。いやぁ嬉しかった。14時過ぎに乗船が始まり、ビザの期限まであと10時間というところで何とかトルクメニスタン脱出。出国時に昨日の夜メシをくれたおばちゃんがニタニタしながら寄ってきて、「私の代わりにこのレーズン2kgを持って税関を通ってくれないか?」と頼んでくる。中身を調べてみたがどう見てもただのレーズンだし、昨日のメシの恩があるので、怪しみながらもOKする。税関では何も言われず、船に乗ってからおばちゃんに返した。おばちゃんたちは他にも荷物いっぱい持ってたからレーズン2kgぐらいが問題になるとは思えないんだが。でもあれはどこからどう見てもレーズンだったしな・・・。不思議だ。

 17時半出航。90ドル払ったのに部屋はめっちゃぼろい。おばちゃんたちは猛抗議したが効果なし。おばちゃんたちは船降りるまでずっと文句言ってた。

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 カスピ海に沈む夕日。

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 船内のカフェで食事をご馳走してくれたトルコ人トラックドライバーとアゼリー人のおっちゃんたち。手前の二人は日本人と韓国人。カスピ海名物のチョウザメのフライを肴にウォッカで乾杯。面白いおっちゃんたちで夜遅くまで盛り上がった。


 トルコ人のおっちゃんの歌。歌っているのはいわゆるトルコのフォーク音楽。おっちゃんたち曰く、「タルカン(トルコの有名ポップシンガー)とかああいうのはダメだ」とのこと。

2008年11月15日

トルクメニスタン突破!


 報告が遅くなりましたが、一昨日に無事にアゼルバイジャンのバクーに到着しました。ということで、5日間のトルクメニスタン滞在を振り返ってみます。

DAY1:
 ウズベキスタンのブハラを早朝に出発。乗合タクシーを乗り継いで国境を越え、トルクメニスタンのトルクメナバードへ。国境は特に問題なし。トルコ人とイラン人のトラックドライバーで混み合っていたが、優先的に通してくれた。トルクメ側の係員はめっちゃフレンドリーで英語も通じる。こんなイミグレは中央アジア初。

 乗合タクシーでメルウ゛遺跡の近くの町バイラム・アリへ。タクシーをチャーターして遺跡を回る。メルウ゛はかつてセルジューク・トルコの都だったこともある古いオアシス都市。だが、モンゴル軍の破壊で壊滅し、残っている建造物はわずか。

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 これが目玉のソルターン・サンジャル廟。12世紀のものらしいがよく残っている。

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 7世紀の要塞グーズ・ガラー。前に日本のテレビ番組でこの遺跡の映像を見て以来メルウ゛にはずっと憧れていた。

 観光を終えて近くのマルという街へ行き、首都アシュガバート行きの夜行列車の切符を買おうとする。が、切符の販売は2時間後。窓口の前に並んで2時間待ち、押し寄せるとるトルクメ人と戦いながらなんとか切符をゲット。順番を守らないことでは中国人が有名だが、トルクメ人はその何倍もひどい。

 夜行列車は旧ソ連製の超オンボロ。外の気温は0度なのに暖房なし。寒くてあまり眠れず。おまけに朝5時半にアシュガバート着。あたりはまっ暗だけど特にやることないので、寒さに凍えながらわけのわからない建物が乱立するアシュガバートの街をさまよう。

DAY2:
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 めっちゃ豪華な外観のただのマンション。ただのマンションだけどライトアップされている。政府機関の建物だけでなくアシュガバートの巨大建築物は全てライトアップされている。

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 アシュガバートのシンボル中立門。ライトアップの光が七色に変わる。頂上にあるのは黄金のトルクメンバシュ像。

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 これがその黄金に輝くトルクメンバシュ像。太陽の動きに合わせて向きを変えるというギミック付き。

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 トルクメンバシュの著書ルーフナーマ(魂の書)の巨大なモニュメント。毎日20時になると開いて音声が流れる。ちなみに、この本は教育機関で必修となっており、公務員試験や運転免許試験にも出題されるらしい。

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 自称「世界最大の噴水」。噴水というよりは巨大な滝って感じだったが。

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 政府機関の建物に掲げられた現大統領の写真。街中のトルクメンバシュの像はまだ残っているが、政府機関などの写真は全て現大統領の写真に代わっている。彼が第二のトルクメンバシュになる日もそう遠くないかも。

次回に続く