2006年10月21日

Ljubljana, Slovenia

Just a bit of update. I'm in Ljubljana now. Though it's the capital of Slovenia, it's more like a small town. There is not much to see or do in this city, but it's quiet and has much less tourists than Vienna or Budapest. I was so bored and I had nothing to do today, so I just went up to the castle on a hill and drank beer.

I'm taking a train to Venice tonight at 1:47 am. As some of the readers may know I really love Italy! Mi piache Italia!!! I can't wait to go there!!! Alora, devo andare. Ciao!

P.S.
I may not be able to get online in Venice as internet access in Venice is ridiculously expensive. I'm getting really tight on my budget.

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River Ljubljana

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River Ljubljana

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Castle

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Inside a church

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Market

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City center at night
posted by Tets at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:旧ユーゴ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月14日

ベオグラード、セルビア

 そんなわけでセルビアは首都のベオグラードにわずか1日滞在しただけでしたが、写真をいくつか撮ったのでそれをアップしてコメントを付けてみました。
Photos from Belgrade.

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 ベオグラードのすぐそばを流れるドナウ川とサバ川の合流地点。はじめて見たドナウ川は美しかったです。ちなみに、背後に見える新市街には高層ビルがそびえ立っていますが、ベオグラードは予想していたよりもかなりの大都会でした。
The meeting point of River Danube and River Sava.

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 今なおベオグラード市内に残る1999年のNATOの空爆で破壊されたビルの1つ。当時は国営放送のスタジオだったのですが、ピンポイント爆撃によって16人が亡くなったとか。写真の右手前にあるのがそのうちの2人の慰霊碑。確かにミロシェヴィッチは悪いヤツだったかもしれないが、殺された人たちは政治家でも軍人でもなかったし、たまたまセルビアに生まれてたまたまテレビ局で働いていただけなんですよね。そう考えるとなんともやりきれないです。
This building which used to be the state TV studio was hit by a NATO missile in 1999, killing 16 people. Milosevic was no doubt a bad guy, but I don't think anybody had the right to kill those 16 people who just happened to have been born in Serbia and just happend to work at the TV station. Like them, I just happened to have been born in Japan. If I hadn't, then I could have been one of them.

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 ベオグラードのランドマーク的な存在の聖サヴァ教会。100年以上前に建設が始まったそうですが、途中何度かの中断をはさみ現在も建設中です。世界最大規模の正教の教会だとか。確かにでかかったですが、内部はまだ工事中でイマイチ。
The unfinished St. Sava Church. Its construction begun more than 100 years ago, but it is still going on. It is supposed to be one of the biggest Orthodox church in the world.

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 旧ユーゴ各国でよく目にする巨大ハンバーガー。マックのハンバーガーの2倍ぐらいの大きさのパンにマックの2倍の大きさと厚さのハンバーグが挟まっていて約100円〜200円(国によって違う)。美味くてボリューム満点なのでよくお世話になりました。
A big hamburger. This kind of hamburgers are quite popular throughout the former Yugoslavia countries. They are cheap (100 to 200 Yen) and tasty! I'm lovin' it!!
posted by Tets at 20:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅1:旧ユーゴ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

サラエボ

 ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに来ています。このサラエボには東欧を旅したことのあるバックパッカーなら一度はその名を耳にしたことのあるイヴァナ(別名ヤスナ)という超有名人がいます。私がその名を初めて耳にしたのはチベットだったと思いますが、その後も各地の情報ノートや他の旅行者の口から噂を聞きました。その噂によれば彼女はバスターミナルなどで日本人旅行者に声をかけては自宅に泊まらせ(東欧では民宿は一般的)、夜中に部屋に忍び込んでは襲ってくるとか・・・。さらに、彼女の部屋には襲われた日本人旅行者の写真がコレクションしてあるとか。その他にも色々と逸話はあるので、興味のある方は検索してみて下さい。

 とういうわけで、ドブロヴニクからのバスが着いたバスターミナルで彼女に出会った私は話のネタにと思い誘いに乗って彼女の家に泊まることに。結果は見事に無事生還。確かに「私って美人?」って訊かれた時は返答に困りましたし、「寒いから一緒に寝よう」とか言ってこられた時は緊張しましたし(もちろん、はっきりとNo!)、夜中もいつ襲われるかと気になって眠れませんでしたが、なれなれしくしてくるイヴァナに対して昼間のうちからそっけない態度を取って予防線を張っておいたのが良かったのかも。それでも諦めきれない彼女は今朝も私の隣に座って体を触ってきましたが、「No」というとそれ以上は何もしてきませんでした。

 ちなみに、イヴァナは自称32才ですが、実際は40代後半ぐらいでしょう。確かに若い頃は美人だったかもしれませんし、いくら私が年上好きとはいえ、これは完全に射程外です。

 ただ、最初に書いたようにネタ目的でついて行ったのですが、別の目的があったとはいえ彼女は本当に親切にしてくれましたので、目的が達成できなくてふてくされているイヴァナを置いて家を出る時はちょっとかわいそうでした。そして、これも噂なのですが、彼女は内戦が原因で少し精神に異常をきたしているからこういう行動を取るらいんですよね。確かにやたらとスナイパーや砲撃の話を繰り返し、話し方もちょっと変なとこがありました。そういうことを考えると少し哀しい気がします。そんなわけで、当初はもっと面白おかしく書くつもりだったのですが、そういう理由でこういう書き方にしました。

 さて、肝心のサラエボの街ですが、たいしてやることもなくこうして昼間からネットカフェで時間を潰しています。人によっては「スナイパー通り」を歩き、市街地の銃弾の跡の残る建物の写真を撮ったりするみたいですが、銃弾の跡は市内のそこら中の建物に残っていてそういうを見ると私はむしろ憂鬱な気分になりますし、ほとんどの建物には今も人が住んでいるのでそういう建物にカメラを向ける気にはなりませんでした。イヴァナの件とも併せて、サラエボはなんとなく悲しい街という印象です。

 あと、トルコ時代の街並の残る旧市街も一応サラエボの見所なのですが、それも1、2時間歩き回ったら終わりですし。そして、今朝行った歴史博物館では超ムカつく警備員がいてブチ切れ。私のサラエボに対する印象は一気に悪化しました。気に入ったらもう一泊しようかなと思っていたのですが、今夜の夜行バスでセルビアの首都ベオグラードに移動することにしました。

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サラエボの市場。94年にここに迫撃砲が着弾し68人が亡くなりましたが、今は完全に修復されその跡はありません。
Sarajevo market. In 1994, 68 people were killed here by motor shell attack. It has been restored, so you can't see the trace of the event.

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サラエボ市内を流れるミリャッカ川。
Miljacka River.

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この橋のたもとで歴史の教科書でおなじみのサラエボ事件が起こったとか。
The Assassination of Austrian Crown Prince Ferdinand in 1914 took place
right by this bridge.

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かつての「スナイパー通り」。
Sniper's Alley.

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放置されたままのホテル。砲弾の跡。
Scares of the war.

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ヘルツェゴビナの田舎。南部のヘルツェゴビナは山の多いきれいな地域です。
Hercegovina. Hercegovina is a beautiful region.
posted by Tets at 21:09| Comment(9) | TrackBack(0) | 旅1:旧ユーゴ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

ドブロヴニクへの道

 まだドブロヴニクにいます。今日で3泊目で本当はもっといたいのですが、日程の都合上、明日のバスでサラエボに向かう予定です。サラエボからはベオグラードへ行くつもりです。

 1時間20kn(約450円)のネットカフェを見つけました。それでも高いけど(隣国のモンテネグロでは1時間150円でした)、他に選択枝がないので仕方ありません。ただ例によって日本語がタイプできないため、南極星というソフトで入力しています。このソフトで長文を書くのはツライのでアルバニアとモンテネグロの話は次回にして、このドブロヴニクだけにします。

 んで、2日前に英語で大丈夫だと書きましたが、実は重傷でした。話すと長くなるので詳しい経緯は省きますが、モンテネグロのHerceg Noviという町から国境を越えてこのドブロヴニクまでの約47kmを歩こうとしたことが間違いでした。国境を越えてクロアチア側に入ればバスがあるだろうと思って3時間かけて国境まで歩いたのですが、国境の係員にバスはある?と訊くと「ない」という返事。次の町までどれくらいと訊くと、「次の町はドブロヴニクだ」という答え。国境のゲートのすぐ前には「Dubrovnik 35km」という看板が・・・。

 でも、歩くしかないのでクソ重いバックパックを背負って山の中の道をひたすら歩き続けること4時間半。Herceg Noviを出てからすでに7時間半経ったころ、ついに海沿いの道に出て遥か彼方にはドブロヴニクの街並みが見えました。道端の標識には「Dubrovnik 16km」。「やったこれならあと3時間で着くな」と思ってスキップしながら歩きだした瞬間、路肩を踏みはずして左足をグキッっとひねってしまいました。ただでさえ思いっきり踏みはずしたのに、背負っているバックパックの重みも加わって痛さ倍増。あまりの痛さに泣きそうになりました。ギリシアで痛めた右足がまだ治りきっていないのに、今度は左足です。

 道路に座りこんでしばらく休んでみたけど、ダメっぽいのでバスに乗ることに。ちょうどドブロヴニク郊外の市バスの走っているエリアに入ったところだったので、約30m前方に見えたバス停に向って歩き始めたところ、私の後方からバスがやってきてバス停を通り過ぎていきました・・・。ヨロヨロと歩きながらバス停にたどり着いて時刻表を見ると次のバスは45分後・・・。まあついてない時ってのはこんなもんです。つか、私の人生は常についてないのでいつもこんなもんです。もう慣れました。

 仕方ないので45分待って次のバスに乗ったのはいいのですが、25分後にバスが着いたのはどこか全くわからないとこ。長距離バスターミナルに着けば宿の客引きが待かまえていると聞いていたのですが、私が着いたのは市バスターミナルなので誰もいません。とりあえず、勘をたよりに長距離バスターミナルがありそうな方向に歩き始めたのですが、港沿いの石畳の道で再び左足をグキッとやってしまいました・・・。今度は本気で涙がでました。めっちゃ痛かったです。その場にしばらく座りこんで動けませんでした。

 まあその後、痛い足を引きずってユースに向かっている途中で今泊まっている宿のおばちゃんに声をかけてもらい何とかなりましたが。昨日一日は足はかなり痛かったのですが、薬局で塗り薬を買って塗ったらだいぶマシになりました。多分ただの捻挫だと思うのでそのうち治ると思います。

 そんなわけで、くだらない話で労力を使い果たしたのでドブロヴニクの話はパスして写真をアップするだけにします。とにかく、ドブロヴニクは美しい街です。私が今までに行った街の中では間違いなくベストです。痛い思いをして来た甲斐がありました。めっちゃ気に入っています。写真撮りまくっています。
posted by Tets at 23:41| Comment(3) | TrackBack(0) | 旅1:旧ユーゴ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

Dubrovnik, Croatia

I've finally arrived in Dubrovnik which has been one of the places I really wanted to come. I got here today from Montenegro and will stay here for 2 or 3 days. Dubrovnik is a beautiful fortified town on the cost of Adriatic Sea. I've got a lot of things to talk about and so many photos to upload, but internet cafes here are bloody expensive (1.5 euro for 20 min and 4 euro for 1hr!). So I can't stay online for more than 20 min. And as you may have noticed, I can't type Japanese on this PC.

I just wanted to let the readers know that I'm alive and doing alright. To thoses who have sent me emails, for the reason stated above I can't write you a reply. I'll write you back when I find a cheap internet cafe. Sorry.
posted by Tets at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:旧ユーゴ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

Ohrid, Macedonia

After staying in Scopje for one night, I came to Ohrid which is a beautiful town located on the shores of Lake Ohrid. Today is my second day here and I'm going to cross the border to Albania tomorrow. As I can't type Japanese on this PC, I'm just putting up some photos.

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Ohrid

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Old town of Ohrid.

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Narrow street in the old town.

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Misty lake.

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Sunset on the lake. The other side of the lake is Albania.

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Church of Sveti Jovan Bogoslov Kaneo.

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Church of Sveti Jovan Bogoslov Kaneo after sunset.

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Today's lunch. Goulash (Macedonian beef stew) and Scopsko(Macedonian beer).

posted by Tets at 22:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅1:旧ユーゴ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする