2006年06月27日

イラン小ネタ集

◆バザールで見かけたステキなブランドたち
 ・「TOSHIVA」の冷蔵庫
 ・「JAVAN」のジャージ
 ・「OTAFUKU」のスリッパ
 ・「SANYO」のトレイ
 ・「SAMSONIC」のカセットテープ
  (SAMSUNG+SONY+PANASONIC?)

◆街で見かけたクールなTシャツ
 ・METALLICA(まぁヤツらはカッコいいわな)
 ・HAWKWIND(渋い趣味してるねぇ※)
 ・綾波レイ(えっ・・・)

ちなみに、ハマダーンのおもちゃ屋の看板には大きなカードキャプターさくらの絵がありました。

※HAWKWINDは80年代のB級メタルバンド

◆変なファルシー(ペルシャ語)
 ・「ポルトガル」(果物のオレンジ)
 ・「ヤドガリ」(プレゼント)
 ・「セダン」(柔道/空手 三段;セは3の意味)

◆イラン人にかけられた言葉
 ・「チニ」or「チン・チョン・チャン」
  →テヘランならともかくこんなイラク国境近くの町にバックパック背負った中国人が来るかっての!

 ・「アフガニ」
  →ハザラ系アフガン人に似てるからだろうけど、イランではアフガン人は嫌われているので間違われるのはトラブルの元。

 ・「タカハラ!」
  →イラン代表のマハダヴィキアがハンブルガーで高原と一緒なので。

 ・「ネスカフェ!」
  →意味不明・・・

◆その他の政治・宗教ネタ
 ・新聞(英字)でイスラエルが登場するときは「イスラエル政府」という言葉は使われず必ず「シオニスト政権」と呼ばれている。

 ・イランの世界地図にはイスラエルという国はない。あるのは「パレスチナ」のみ。

 ・アーリア系白人であることを誇りにするイラン人はアラブやパキスタンを見下しており、新聞では中東諸国という言葉を使わず「アラブとイラン」と書かれている。

 ・イランという国名は「アーリア人の国」という意味。アーリア人至上主義を唱えたヒットラーは今でも人気がある。テヘランの売店ではヒットラーの本(たぶん「わが闘争」)が普通に売られていた。

 ・イラン西部の幹線道路にはイラクのカルバラ(シーア派の聖地)までの距離を示した道路標示がある。


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2006年06月24日

さらばジーコ、さらばイラン

 ブラジル戦は予想通りというか、情けないというか、何ともジーコ時代を総括する内容の試合でしたね。まぁ日本が得点してから失点するまでの10数分間だけ夢が見れたので良しとしましょう。個人的には(監督としての)ジーコは大嫌いなので、今回はあまり期待してませんでした。おかげでそんなに失望はしませんでした。ドーハの時は悔しくて眠れなかったし、ジョホールバルの時は興奮して眠れなかったんですけど、今はそんなに熱くなることがないんですよね。昨夜も宿のオーナーのおじいちゃんと一緒にチャイをすすりながら冷静に見ていました。

 ちなみに、次の4年後はW杯に合わせて南アに行こうと思っているのですが、果たして日本は出場できるんでしょうかね。ブラジルはともかく、韓国やオーストラリア(次回からアジア予選に参加)の戦いぶりを見ていると、力の差がありすぎる気がするんですが。4年後には今の主力メンバーはほとんどピークを越えているので、大幅にメンバーが変わっているでしょうし。とりあえず、まずは次の監督が誰になるかですが・・・。

 そんなわけで、予定通り明日タブリーズを出てアルメニアに向かいます。とりあえず国境までは何とか行けそうなのですが、そっから先の交通機関や宿がまったく分かりません。無事にアルメニアの首都イェレバンに着けたらまた更新します。んでは。

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 ヤズドで会った姉弟。やたら人懐っこい姉弟で街中で何度も出会いました。いつも小さなウサギを連れていたのが可愛かったです。

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 イラン3大ガッカリの1つ(?)、ハマダーンの石のライオン。メディア王国時代の貴重なモニュメントなのですが、すっかり磨り減ってしまいどこがどうライオンなのかわかりません。ライオンというよりはむしろトド。公園の真ん中にあるのでこのようにいつも子供たちが背に乗って遊んでいるとか。

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 イラン人に大人気の観光地、アリー・サドル洞窟。地底湖のある洞窟の中をボートに乗って進むというのがイラン人に受けているみたいですが、個人的にはちょっとイマイチでした。奇岩や景観は秋芳洞とかの方が見ごたえあると思います。

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 タブリーズから50kmほどのとこにあるキャンドヴァン村。通称ミーミン谷。カッパドキアのようなトンガリ帽子型の奇岩が並んでいて、そこの内部をくり抜いて住居が作られています。そして、驚くべきは現在もここには人が住んでいるということ。まさに人が住んでいるカッパドキア。

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 こんな感じの家です。最初にこれを見たときは「すげぇ」と感動するよりも、「ホンマに住んでるわ」と笑ってしまいました。この村だけ一体どうしちゃったんでしょうね。

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 谷の反対側から見た村。岩石住居の下には普通の家も結構あります。めっちゃのどかな風景ですが、実は村の下の道路には大量のイラン人観光客の車が停まっており、谷間の川沿いはキャンプやピクニックをするイラン人家族で埋め尽くされています。そのあまりの多さに唖然としました。どうやらここもイラン人に大人気の観光地みたいです。
 
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2006年06月22日

今後の予定

 ついでに今後の予定なども。当初はここからトルコに直行する予定でしたが、夏休みを利用して飛行機で飛んでくる大学生の弟とトルコのイスタンブールで7月21日に合流することになったので、少し日数に余裕ができました。そこで時間つぶしを兼ねてここから北のアルメニアに向かい、アルメニアからグルジアに抜けてそこからトルコに行くことにしました。

 ここタブリーズで日本対ブラジル戦を見た後、たぶん明後日にアルメニア国境を目指して出発する予定です。タブリーズからアルメニアの首都イェレバン(最近まで首都の名前すら知りませんでした)まで直通バスがあるのですが、値段が高いしローカルバスや乗り合いタクシーで行ったほうが面白そうなので、たぶん直行バスには乗らないと思います。アルメニアとグルジアはガイドブックを持ってなくて、途中で会った他の旅行者や宿の情報ノートからもほとんど情報は得られなかったのですが、まぁ何とかなるでしょう。

 イスタンブールで弟と合流してからは、3週間でトルコからシリアとヨルダンを抜けてエジプトに向かう予定です。3週間というのは短くて日程的にはかなり厳しいんですけど、弟が何か用事があるらしく3週間しか時間が取れないらしいので。まぁ何とかなるでしょう。

 エジプトから日本に帰る弟を見送った後、たぶん同じルートを通ってトルコに戻りそこからヨーロッパに入る予定です。とりあえず現時点での予定はそんな感じです。
posted by Tets at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:イラン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古都エクバタナの丘で・・・

 どもです。現在、イラン北西部のタブリーズという街にいます。3日前にテヘランを出た後、まずはテヘランの南西にあるハマダーンという街に行き、そこからイラク国境近くのケルマーンシャーという街に行って、そこから夜行バスで一気に北上してタブリーズまで来ました。

 このタブリーズはトルコやアルメニア、アゼルバイジャンとの国境に近くトルコ人やクルド人、アルメニア人の多く住んでいる街です。ケルマーンシャーからここに来るバスの中で会った親切なオッチャン(晩メシ代やタクシー代をおごってくれた)は父親がクルド人で母親がトルコ人だと言っていましたし、今日ここのモスクで会った大学生のカップルの女の子の方はアルメニア系だと言っていました。

 つか、この大学生の女の子めっちゃかわいかったです。青い目をした19歳の女の子で、「彼と一緒にいるとこをお父さんに見つかったら絶対に別れさせられて、大学も辞めさせられちゃう。うちのお父さんってとっても怖いの。」とか言いながらも、彼とじゃれあったり楽しそうに話しているのを見ているとこっちがなんか幸せな気分になれました。アツアツだった彼氏がヒゲの濃い全身毛むくじゃら男(=典型的なイラン人)だったということはこの際気にしないことにしましょう。実際、彼氏はめっちゃいいヤツでしたし。

 んで、こんなのほほんとした話とは無関係なこのエントリのタイトルですが、先日行ってきたハマダーンという街である事件に遭遇しました。ハマダーンはかつてメディア王国の首都エクバタナがあったところで、その後のアケメネス朝でも夏期の首都として栄えた街です。その当時の遺跡が残っている丘が街の中心近くにあるのですが、そこの真ん中を横切る道を歩いていると、私の行く手に現れた40歳ぐらいの細身のイラン人のオッサンが声をかけてきました。早口のファルシー(ペルシャ語)だったので理解できずに適当にウンウンとか言っていたら、何故かオッサンは遺構のほとんど残っていない右の丘の方を指差してこっちに行こうと言います。案内してくれるのかと思いついて行ったのですが、オッサンは何もないくぼ地を指差して「ここでいいか?」と訊いてくるんです(これぐらいのファルシーは私でも理解できます)。それが2回も続いたので、「どうか?ってここ何もないやん」と日本語で言った私はオッサンを置いて一人で歩き出したのですが、それでもオッサンはついてきます。

 そこからしばらく行くとまたくぼ地があって、そこに一人の男が寝転がっていました。初めは昼寝しているのかと思ったのですが、今は真夏の真昼間。太陽がガンガンに照りつけていて気温はもちろん40度以上。とても昼寝なんてできる状態ではありません。しかもよく見ると、男はズボンを半分脱いだトランクス姿で身動きもせずに横たわっているではありませんか。さすがに何か変だなと思いましたが、私の得意技「見なかったことにする」を発動してその場は冷静に立ち去りました。しかし、しばらくするとまた背後から「ここでいいか?」というオッサンの声。「オッサン、またかよ」と思って振り向くとオッサンの手はズボンのジッパーに・・・。

 鈍い私でもさすがにこれで気づきました。悟った瞬間にオッサンの方を見ずに慌てて足早に逃げ去ると、オッサンは追ってこなかったので無事逃亡に成功しました。そんなわけで、どうもこの丘のくぼ地はホモの逢引場所(ハッテン場っつーんですかね?)になっているみたいです。幸い相手がひ弱そうなオッサンなので助かりましたけど、イランの街角でよく見かける筋肉モリモリの若者だったらヤバかったかもしれません。くぼ地で見た男は恐らく睡眠薬を盛られて襲われた被害者か・・・。いやぁ、イランって怖い場所ですね。

 ホモ対策も兼ねてインドのバラナシから2ヶ月間ずっとヒゲは剃らないで伸ばしていたのですが、こぎれいな格好をしている人の多いイランでは浮きまくるのでヤズドで剃っちゃったんですよねぇ。やっぱり伸ばしておくべきだったんでしょうかね。まぁこっから先はもう大丈夫だと思うのでこのまま行くことにしますけど。てことで、もし万が一ハマダーンに行かれる方がいたら、エクバタナの丘にはご注意を。
posted by Tets at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:イラン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月17日

テヘランは暑い!

 そんなわけでイランの首都テヘランに来ています。これまでに訪れたイランの都市と同じくテヘランもイラン高原にあるので標高は1000m以上あるのですが、めっちゃ暑いです。暑すぎです。バスとかに乗るのが面倒なので私は街ではひたすら歩くタイプなのですが、2日続けて歩き続けたら死にそうになりました。道路は車で埋め尽くされていてめっちゃ空気が悪いし、疲れたので公園で静かに休んでいたらアゼルバイジャン人のおっちゃんに「一緒にハマムに行こう!」と誘われるし(やんわりと断りましたが)、大都会テヘランは疲れます。でも、バザールの周りには下町的な雰囲気が残っていて、実は結構気に入っていたりします。日本対クロアチア戦までここにいて、それからハマダーンという街に向かう予定です。

 ちなみに、あと1時間ほどでイラン対ポルトガル戦が始まるのですが、イラン人はすでに諦めているみたいで、みんな「5対0で負ける」とか「10対0で負ける」とか言ってます。確かに勝算は少ないですけど、初戦を見る限りではイランの方が日本よりはるかにマシな試合をしていたと思うんですけどね。

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 エスファハーンのエマーム広場にそびえ立つエマームモスク。でっかいモスクです。はい。

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 エマーム広場を見渡せるチャイハネで一服。優雅なひと時を過ごせました。

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 エスファハーンのバザール。バザールの通りを何十ものドーム型の屋根が覆っていて、道の両端にはたくさんの店が並んでいるといういかにも中東って感じのバザールでした。こういうとこは歩いているだけで楽しいので好きです。

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 イラン最大の観光地ペルセポリスの門。アケメネス朝の祭事用の都市だったペルセポリスですが、火事で焼け落ちてしまい現在では柱や土台しか残っていません。

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 ペルセポリスの宮殿跡。この辺はイラン政府による"増築"(笑)でかなり復元されています。

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 テヘランの旧アメリカ大使館の壁に描かれた自由の女神。この壁には他にも「Down With USA」やホメイニとイラン人の若者の肖像といったいかにもプロパガンダな絵が描かれています。ここで写真を撮ろうとすると警備員に捕まるらしいですが、私が行ったのは金曜日だったためか(イランでは金曜日が休日)誰もおらず撮り放題でした。
posted by Tets at 20:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 旅1:イラン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

ペルセポリスとダエイ

 エスファハーンの南にあるシーラーズという街に来ています。散々な内容だった日本戦のことは忘れてイラン観光最大の目玉であるペルセポリスに行ってきました。正直期待したほどではなかったですが、それでも全盛期のアケメネス朝のパワーを少しは感じられたので歴史好きとしては十分満足でした。写真をアップしたいのですが、このネットカフェのPCではなぜか私のデジカメが認識されないのでまた後日にします。

 ちなみに、イラン人は日本を応援していたみたいで、街で会ったイラン人と話すとかなりの確率でサッカーの話になるのですが、みな「残念だったね」と言ってくれます。あれだけ酷い試合内容だったのに「日本は良かった」と言われてもあんまうれしくないんですけどね・・・。特にこのシーラーズではサッカー好きのオジーと一緒に行動しているいるので、サッカーの話になると余計にストレスがたまります。

 あと、イランではやはりアリ・ダエイは英雄みたいで、「アリ・ダエイは歳だからもうダメだね」と言うと半分本気で怒り出す人もいます。少なくともメキシコ戦でのダエイにはかつての輝きは全くなかったんですけどね。まぁ中には今日乗ったタクシーの運転手みたいに「ダエイはもう歳だ」と言う人もいますけど。とにかくイラン人はホントにサッカー好きで、誰と話してもサッカーの話になります。
posted by Tets at 01:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅1:イラン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

W杯開幕

 ちょうど半年前に日本を出た頃はW杯にあわせてドイツに着けたらいいなぁって感じで思っていたのですが、結局ドイツから数千キロ離れたイランで開幕を迎えることになりました。しかし、さすがサッカー大好きな国イラン。全ての試合が地上波で放送されています。おまけに、イランとドイツの時差はわずか1.5時間なので夜遅くまで起きている必要がないのは助かります。おかげで、テレビの映りが悪すぎて見れなかった開幕初日のエクアドル−ポーランド戦以外は全て見てます。

 昨日のイラン−メキシコ戦は宿の近所にある床屋でイラン人と一緒に見ていたのですが、イランが負けてしまいイマイチ盛り上がりませんでした。ただ、試合の最中は町中から人影が消え、この時間は混み合うエスファハーンのメインストリートを走る車もほとんどありませんでした。今日、街中で会ったイラン人も試合の話ばかりしてきましたね。ちなみに、昨夜私たちがテレビを見ていた床屋のおっちゃんはかつてエスファハーンのプロチームでキーパーとして活躍していたそうです。

 さてあと30分ほどで日本戦が始まります。今回は正直そこまで期待していないのですが、まぁほどほどに頑張ってもらいましょう。勝ってくれたら、「イランは負けたけど日本は勝ったぞ!」ってイラン人に自慢できるからいいんですけどね。
posted by Tets at 21:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅1:イラン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月09日

なぜかエスファハーンに・・・

 5日間滞在したヤズドから南西部のシーラーズという街に移動するつもりだったのですが、今朝朝いちでヤズドのバスターミナルに行くと「シーラーズ行きのバスは今夜8時までない」と言われたので(一日に数本あるはずなんですがたぶん満席だったんでしょう)、予定を変更してヤズドの西にある古都エスファハーンに来ました。ヤズドで会ったけいさんたちも今日エスファハーンに向けて出発しているはずなので、こんなことなら一緒にチャリに乗れば良かったかなぁとか思ってますが、もう手遅れなので仕方ありません。

 幸いここで泊まることにしたゲストハウスのドミにテレビがあるので、ここでワールドカップを何試合か見てからシーラーズに移動するつもりです。ちなみに、ヤズドの宿で昨日まで一緒だったオジーの兄ちゃんは「日本対オーストラリアは絶対オーストラリアが勝つ」とやたら自信満々でした。日本戦がこっちのテレビで放送されるかはわかりませんが、イラン人はサッカー好きなのでまぁ毎日どっかの試合は放送されるだろうと思ってます。

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 ヤズドの町の中心にある広場。真ん中の建物は正面から見るとなかなか壮観ですが、実はかなり薄っぺらくて裏からみると「なんじゃこれ」という感じです。

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 ヤズドの旧市街で屋根の上にあるのをよく見かける建造物。バードギールというこの地方独自のもので、外気を取り入れて室内の温度を下げる天然のエアコンみたいなものです。

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 ヤズド郊外にある「沈黙の塔」。ヤズドはゾロアスター教の聖地で、この塔はゾロアスター教徒がかつて鳥葬に使っていたものとか。ゾロアスター教ってあの歴史の教科書に出てきたヤツですけど、今でも少数ながら信者がいるみたいです。
 
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 ヤズドで泊まっていたホテル。伝統的なイランの家を改装したホテルでこの中庭の居心地はめっちゃ良かったです。これがあったからヤズドに5日間もいたんです。この半年間で泊まった宿の中でベストかも。シングルやダブルはそこそこの値段なのですが、ドミは1泊約4ドルとイランでは平均的な値段でしたし。

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 ヤズド市内の道端で料理をする日本人3人+フィンランド人1人の図。けいさんたちと一緒だった4日間はずっとこんなことばかりやってました。
posted by Tets at 23:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅1:イラン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

ヤズド5日目

 現在ケルマーンからさらに西のヤズドという町にいます。当初は2日程度滞在するつもりだったのですが、気がついたらもう5日目です。泊まっている宿が伝統的なイラン風の家を改造したホテルでめっちゃ居心地が良いということもありますが、この町で色んな旅行者に会ったこともその理由です。

 これまでにパキスタンやイラン国内で出会った人と再会したのもうれしかったですが、何と言っても前から会いたいと思っていた超有名な日本人旅行者のけいさんという人に会えたことです。

けいさんのサイト
http://www.geocities.jp/keinoryokouki/

 日本を出る前からけいさんのことを知っていてどこかで会えたらいいなぁと思っていたのですが、ヤズドの市内を歩いている時に偶然愛用のママチャリに乗ったけいさんに出会いました。

 そんなわけで、けいさんと一緒にママチャリの旅をしている日本人2人や他の欧米人旅行者と色々とやっていると気がついたらすでに5日経っていたというわけです。色々と面白い写真もあるのですが、今日は時間がないのでまた次回に。んじゃそーいうことで。
posted by Tets at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:イラン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

イラン到着!

 予定通り31日に国境を越えてイランに入りました。パキスタンのクエッタから国境へ向かうバスが発車後2時間ほどで突然故障して砂漠の真ん中で立ち往生したり(通りかかった他のバスに乗り換えました)、イランに入ってからは最初のザヘダーンという街まで護衛が付くと言われアーミーのジープを3台乗り継ぐはめになったりと道中は色々とありましたが、まぁ何とかイランに来ています。昨日までは2年半前の地震で崩壊したバムという町にいて、今日の朝のバスでケルマーンという街に移動してきました。ここはバザール以外にはあまり見所もなさそうなので、さっさと次のヤズドという街に移動するつもりです。

 んで、イランの印象ですが、噂どおりメシが貧しいです。イランの食文化の貧しさは以前から聞いていましたが、やっぱり実際に来てみると私のような食うことだけを楽しみに旅行している者にはツライですね。バムは人口10万程度のそこそこの町なのですが、レストランと呼べるような店は数軒しかなく、しかもあるのはケバブのみ。他には焼いたパテやソーセージをはさんだサンドイッチを売る店があるだけです。ケルマーンはバムよりも大きな街なのでもっとマシだろうと思っていたのですが、来てみると選択肢はバムとたいして変わりませんでした。しかも、パキスタンやインドと比べると格段に物価が高いんですよねぇ。もう泣きそうです。

 あと、イラン人の男はみんな洋服を着ていて、ほとんどは襟付きのシャツを着ています。パキスタンのシャルワールカミースという民族服とTシャツしか持っていない私は浮きまくりでちょっと恥ずかしかったです。あわてて今日ケルマーンのバザールで襟付きのシャツを買いました。

 ちなみに、現時点でイランがパキスタンよりも良いと思えることが一つあって、それは女性が外に出ているということです。髪を隠しているけど、街にはたくさんの女性の姿がありますし、商店の店番も女性がやっていることがあります。パキスタンでは女の人とほとんど話す機会がなかったのですが、ここでは結構チャンスがあります。実際、今ネットカフェにいるのですが、となりには女子大生が座っていて流暢な英語で話しかけてきています。彼女はあんまり美人じゃなくて英語を話せないお友達の方が美人なのですが、まぁそれは問題ではありません。イランの女性は濃い顔が多くてイマイチ美女が少ないのが難点ですが、それでも女性とまったく触れ合えなかったパキスタンよりはマシですね。まぁカラーシュには勝てませんけど。

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 瓦礫の山と化したアルゲ・バム。アルゲ・バムは昔の町並みがそのまま残っている無人の廃墟の町として有名だったのですが、2年半前の地震でほぼ完全に崩壊してしまいました。ユネスコなどによる復旧作業が行われていますが、元の姿に戻るまではまだ何年もかかりそうです。

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 半分以上崩壊したアルゲ・バムの城。この城も完全な形で残っていたのですが、地震でこんな姿になってしまいました。

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 地震で崩壊したままの家。バムは人口10万人程度なのですがそこで3万人以上の死者が出たそうで、2年半経った今でもこういう光景が未だにそこかしこで見れます。

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 ケルマーンのバザール。小規模ですがなかなかいい雰囲気です。今日はここでシャツを買いました。

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 バザールの側にある公園風の広場。いかにもイランって感じで結構好きです。
posted by Tets at 21:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅1:イラン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする