2007年02月22日

カラーシャ語講座

 昨日の記事を見て美女に会いに行くことを決心した方(そんな人いないと思うが)のためのカラーシャ講座。カラーシャ語(カラーシュ語)の使用者はわずか数千人で文字というものがありません(ラテン文字を使ってカラーシャ語を表現する方法が開発中らしい)。ここで紹介している単語は私が現地の人に教えてもらった発音を聞き取ってメモしたものなので、聞き間違いや勘違いの存在する可能性があります。

 また、カラーシャ語はチトラール地域のイスラム教徒が話すコワール語(khowar:通称チトラール語)やパキスタンの共通語であるウルドゥー語の影響も受けているみたいですが、私はコワール語もウルドゥー語も分からないので、私がカラーシャ語だと思っている単語でもコワール語やウルドゥー語だったりする場合もあります。そんなわけで、このリストは間違っている可能性があります。もし間違いを発見された場合はお知らせ下さい。

イシュパタ − こんにちは(*)
キエ タイ ノム? − お名前は何ですか?
マイ ノム〜 − 私の名前は〜です
プルーシュト? − 元気?
ボ プルーシュト − 元気です
キムン カオ タエ − 何歳ですか?
チョポ パシィ − またね
カイジョーニム − 理解する(?)
アデュック − 少し
シショヤック − 可愛い
モ! − ダメ!、やめて!

ア − I
マイ − My
トゥ − You
タイ − Your
キエ − What
カーヨ − When
イヤ − This
ダーダ − 父
アーヤ − 母
バヤ − brother(*)
ババ − sister(*)

ジョーシー - 春祭り(5月中旬)
チョウモス - 冬祭り(12月10日ぐらいから?)
(8月に行われる夏祭りもあるけど名前忘れた・・・)

*カラーシャの人たちは血縁関係や年齢に関係なくお互いを「バヤ」・「ババ」と呼び合う。よって挨拶する時は「イシュパタ バヤ」(相手が男性の場合)とか「イシュパタ ババ」(女性)と言うのが一般的。余談ですが、カラーシャ滞在中は近所の子供たちと毎日鬼ごっこをしたりして遊んでいたのですが、彼らが私を「バーヤ!バーヤ!」と呼ぶ時の声がめっちゃ可愛くて今でも耳に残っています。あの子たちに忘れられる前にもう一度行きたいなぁ・・・。
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2007年02月21日

カラーシュ写真展

 今回の旅で訪れた場所の中では一、二を争うお気に入り度のパキスタンのカラーシュ(正式にはカラーシャと呼ぶらしい)。パキスタンにいた時は余裕がなくてあまり写真をアップできなかったので、あらためて写真をアップしてみます。が、その前に少し豆知識を。

 パキスタン北部の山岳地帯、アフガニスタンとの国境近くにカフィリスタン(異教徒の地という意味)と呼ばれる地域がある。かつてカラーシャ(カラーシュ族)の人たちはこのエリアを全て支配していたが、長い歴史の中で西から侵攻してきたイスラム勢力やイスラム教に改宗した周辺の部族に徐々に追いやられ、現在はわずか数千人(2000人?)ほどが残っているにすぎない。彼らはアフガンとの国境に近い険しい山に囲まれた3つの谷(カラーシュバレーと呼ばれている)でひっそりと暮らしている。周囲の民族がほぼ完全にイスラム化した現在も彼らは独自の文化と宗教、言語を守り続けており、民俗学的にもその存在は非常に貴重。金髪や赤髪、蒼眼や茶眼でヨーロッパ的な顔立ちの人が多いことからアレキサンダー大王の遠征軍の末裔という説もあったが、実際には現在のアフガニスタン南部〜タジキスタンあたりから南下してきたアーリア系の民族で、宗教・言語的にもリグ・ヴェーダの時代(インド到着前)の初期アーリア文化と共通点が多いらしい。

 去年の5月にそんな少数民族の住む村に2週間ほど滞在してきました。パキスタン北部に来る日本人旅行者の大半はフンザにしか行きませんが、私はフンザよりもカラーシュの方が気に入りましたね。私が滞在したのは3つの谷の中でも一番大きいブンブレットという谷ですが、村には商店はあってもお菓子ぐらいしか売ってないし、電気は夜しか使えず、お湯は全く出ないという生活でしたが、とにかく周りの景色はきれいだし、村人はめっちゃフレンドリー。そして、カラフルな民族衣装を着た女の子は美人揃い。まさにパラダイスでした。私が行った五月中旬はちょうどジョーシー(春祭り)の時期で酒と美女目当てのパキスタン人(パンジャブ人=イスラム教徒)観光客が大量に来ておりかなり邪魔でしたが、それ以外はホントに素晴らしかったです。

 ちなみに、この地方の中心はカラーシュバレーからジープで2時間ほど行ったところにあるチトラールという町なのですが、この町に陸路で行くにはロワライ峠(標高3200m)かシャンドール峠(標高3700m)という難所を越えなければならず(共に冬期は積雪のために閉鎖)、首都イスラマバードからバスとジープを乗り継いで行くと1日以上かかります。イスラマバードからチトラールまでセスナ機が飛んでいるとはいえ、交通の便が悪く現時点ではまだ秘境に近い場所で訪れる観光客の数もそう多くはありません。しかし、パキスタン政府はロワライ峠の下を通るトンネル(通年通行可能)を建設中で、これが完成すると怒濤のように観光客(主にパンジャブ人)が押し寄せることになるでしょう。実際、祭りの期間中は金持ちパンジャブ人観光客の姿をよく見かけましたし、谷の上流には政府高官の保養所という巨大施設も建設中でした。そんなわけで、行くなら今のうちだと思います。まぁこの20年で彼らの生活もだいぶ変わったらしいので(カラーシャのイスラム教への改宗も進んでる)、もうすでに手遅れという気もしますが・・・。

 前置きが長くなりましたが、そんなカラーシャの村で撮った写真です。夜間のみ供給される電気は電圧が安定しないためデジカメのバッテリーを充電することができず、せっかくの祭りなのに写真を撮りまくることができなかったのが今でも心残りですが、まぁ今更どうなることでもないので仕方ないですね。ちなみに、祭りの数日後にはバッテリーを充電するためだけにジープに乗って往復4時間以上かけてチトラールまで行き、町のネットカフェで充電させてもらいました。

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 緑豊かなカラーシュバレー(ブンブレット谷)。奥の雪山の向こうはアフガニスタン。

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 男たちに手を引かれて橋を渡る女性たち。女性は独特な民族衣装を着ているのですが、男性は普通のパキスタン人と同じシャルワールカミースを着ています。昔は男性も独自の衣装を着ていたらしいのですが、20年ぐらい前に変わってしまったらしく今では目にすることはありません。

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 肩を組んで楽しそうに踊る子供たち。

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 木陰で一休み。真ん中の青いショールを羽織った女の子はめっちゃ美人でした。

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 民家の屋根の上で踊ってるとこ。

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 仲良しちびっこ三人組。

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 坂を駆け下りていく女の子。

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 屋根の上に座って祭りを見物する女の子。

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 祭り会場に集まった大量のパンジャブ人観光客。

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 ダンス中のラビーナ。旅行人ノート「アジア横断」の裏表紙にカラーシャの女の子の写真が載っていますが、何を隠そうこのラビーナがあの女の子です。この写真ではちょっとわかりにくいかもしれませんが・・・。

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 宿の近くに住む美女揃いの5姉妹の末娘レイバ。一度一緒に遊びだすといつまでたっても離れない甘えんぼの気分屋さんでしたが、将来は絶対美人になると思います。

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 美女5姉妹の三女マリア。かつて70年代にこの地を訪れた日本人旅行者が「カラーシュの女の子たちの瞳は『マジカルアイズ』だ!」と書き残していましたが、このマリアの目はまさにマジカルアイズでした。写真がイマイチなのであまり可愛く見えませんが、実物はもっと可愛くて、この瞳で見つめられると思わずドキドキしてしまいました。

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 左から2番目がマリア。右端の子はソニア(?)って名前だった気が。この写真を見ても分かるように、カラーシャの女の子は子供の頃は可愛いんですけど、大きくなるとどうも老けちゃうんですよねぇ・・・・。それが残念です。

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 名前忘れましたが(ナシア?)この子も可愛かったです。ちなみに、カラーシャの人たちは昔はアーリア系っぽい名前を付けていたみたいで、ソニアやマリアといった欧米風の名前を付け始めたのはたぶん最近のことだと思います。アレキサンダー大王繋がり(ホントは関係ないけど)ということで現地で活動しているギリシャ政府系の援助団体の影響でしょうかね?


 木陰で踊る女性たちの動画、その1。


 木陰で踊る女性たちの動画、その2。

[参考リンク]
 カラーシャの男性と結婚し(その後離婚)、現在もカラーシャに住む日本人女性わだ晶子さんのブログ。彼女は旅行人ノート「アジア横断」で協力者としてクレジットされています。

○カラーシャの谷・晶子便り
http://blog4.fc2.com/kalasha/
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2006年05月30日

クエッタはイマイチ

 クエッタからイランとの国境に向かう夜行バスの時間までヒマなのでまたネットしてます。昨日、今日と2日かけてクエッタの街をブラブラしてみましたが、なんかちょっとイマイチなんですよねぇ。

 まずとにかく汚い。今まで行ったパキスタンの街ってインドと比べると比較的マシだったんですが、クエッタはゴミだらけでそこら中から汚臭がします。そして、驚いたのが物乞いをする女性や大きな麻袋をかついだストリートチルドレンの多さ。人口35万の小さな都市とは思えないほど多いです。

 ただ、これには理由があるんですよね。クエッタのあるバローチスタン州は砂漠地帯で元々貧しい州ですし、アフガンからの難民が大量に流れ込んでいるので、状況は余計悪化しているんでしょう。街の雰囲気もほかのパキスタンの街とは違って、かなり荒んだ感じがします。そういう違いも興味深いですし、バザールもあってそれなりに面白いんですけど、街自体はなんかイマイチ好きになれないんですよね。

 ちなみに、ここのアフガン系の住民は東アジア系の顔をした人が多く、一瞬中国人かなと思ってしまうことがよくあります。ぺシャワールと同じくパシュトゥン人らしいですけど、タリバンタイプの顔が多かったぺシャワールとはぜんぜん違うんですよね。同じパシュトゥン人でも部族が違うせいでしょうけど、なんか不思議です。
posted by Tets at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:パキスタン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

灼熱の砂漠を越えて・・・

 ラホールから列車で24時間かけてパキスタン西部の街クエッタまで移動してきました。昨日の昼前にラホールを出て今日の昼に着いたのですが、この列車の旅は史上最悪の過酷な旅でした。金がないので当然一番安いエアコンなしの寝台に乗ったのですが、砂漠地帯を走る列車の車内はこの世のものとは思えない暑さでした。窓を開ければそこそこ風は入ってくるんですが、乾燥地帯を走っているために窓から砂が入ってくるんですよね。そのためほとんどの人が窓を閉めてしまい、車内はまさに灼熱地獄。一応扇風機は回っているんですが、熱い空気をかき回すだけでたいして役には立ちません。サブバッグに付けた温度計を見ると気温は43度。あり得ない暑さで本気で死ぬかと思いました。インドで最後のビールを飲んでからすでに2ヶ月。この時ほど冷たいビールが飲みたいと思ったことはなかったです。

 夜になれば涼しくなることを祈って日中は自分のベッドに寝転がって体力の消耗を防ぎひたすら夜を待ったのですが、夜になってもなかなか気温は下がらず、夜中の12時を回っても37〜38度もありました。それでもなんとか少し睡眠を取り、翌日の午前中はクエッタに近づいて高度が上がったこともあって(クエッタは標高1600m)暑さはだいぶマシになったのですが、もう二度とあんな列車には乗りたくなりです。24時間で1.5Lのペットボトルの水を4本消費しましたもん。

 ちなみに、暑さがだいぶマシになったなぁと思って一安心していた今朝の10時頃。突然列車が何もないところで急停止。何があったんだろうと思って窓から外を見ると、何と私の乗っていた車両と前の車両の間の連結が外れているではないですか・・・。この光景には呆れてもう笑うしかなかったですね。幸い平地だったしすぐに気づいて停止したので大丈夫でしたが、一歩間違えれば大惨事でした。警備のために同乗していた武装警官もこんなミスは初めて見たと嘆いていました。

 そんなわけで、過酷で危険な列車の旅でしたがやっとパキスタン最後の街に到着しました。明日の夜に夜行バスに乗ってイランとの国境に向かい、明後日にはイランに入国する予定です。イラン側の国境周辺がかなり物騒みたいですが、まぁ多分なんとかなるでしょう。
posted by Tets at 00:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅1:パキスタン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

美少女の谷、カラーシュ

 どもおひさしぶりです。しばらく更新していませんでしたが、何かトラブルがあったわけではなくて、単にネットはおろか電気すらまともに来ていないような僻地にいたので更新できなかっただけです。この20日間の足取りを簡単に説明すると、ギルギットからシャンドール峠を越えてチトラールというアフガン国境近くの町に行き、そこからさらに山奥のカラーシュバレーに行ってきました。カラーシュ族の村に2週間ほど滞在した後、ロワライ峠という難所をジープで越えてペシャワールへ行き、そこからパキスタン最初の滞在地であるラホールまで戻ってきました。ラホールは連日45℃を越える暑さなので気が狂いそうです。そんなわけで、明日の列車でクエッタに向かい、そこから国境を越えてイランへ入る予定です。

 シャンドール峠越えの苦労とかペシャワール郊外の悪名高いスマグラーバザール(密輸品バザール)とか色々と書きたいことはあるのですが、何と言ってもカラーシュです。アフガン国境からほど近い3つの谷にひっそりと住んでいるカラーシュ族は周辺の部族がイスラム教に改宗していく中、頑なに独自の宗教と文化、言語を守り続けている民族です。男はパキスタンのイスラム教徒と同じシャルワールカミースという服を着ているのですが、女性は黒い生地に カラフルな模様をあしらった美しいドレスを着ています。ムスリムではないので顔や髪は隠していないし、目が青くブロンドやブラウンの髪の女性も多く、超のつく美女ばかり。20才を過ぎると一気におばさん化が進むのですが、若い子は基本的にみな美人です。

 当初は14日からあったジョーシーという春祭りを見る目的で行ったのですが、とても気に入ったので祭りの後もしばらく滞在していました。カラーシュ族の村にあるゲストハウスに泊まって、午前中は読書をしたり日記を書いたりし、午後は近くの村を散歩したり近所の子供たちと遊んだりしてのんびり過ご してきました。

 そんなわけで、カラーシュで撮った写真を中心にいくつかアップしてみます。

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 雪解け水で増水した川を渡るカラーシュの女性たち。村の家を周ってミルクを集めているところです。

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 森の中で踊る女性たち。ミルク集めの途中に何度も立ち止まっては踊っていました。この日は祭り本番の前日で観光客も少なく、みんな本当に楽し そうに踊っていました。

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 見晴らしの良い丘の斜面にある家の屋根の上で踊る女性たち。ここで踊ってミルク集めは終了。ちなみに、翌日と翌々日の祭りの本番はデジカメのバッテリーが死んでいたので、ほとんど写真が撮れませんでした・・・。

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 泊まっていたゲストハウスのオーナーの子供たち。左端の女の子(ラビーナ)は旅行人「アジア横断」の裏表紙とカラーシュの項に写真が載っている女の子です。実物はもっとかわいいのですが、イマイチいい写真が撮れませんでした。

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 近所に住む美人5姉妹の4女、レイバ。甘えんぼで気分屋でしたが、めっちゃかわいかったです。

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 同じく近所の子供たち。左から2番目の女の子(マリアという名前で上のレイバの姉)が私の一番のお気に入りでした。

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 おまけ。ペシャワール名物のデコバス。ペシャワール市内を走っているバスは全てこんな感じです。
posted by Tets at 21:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅1:パキスタン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

パスーは疲れた・・・

 そんなわけで予定通りフンザからさらに奥地にあるパスーという村に行ってきました。パスーはフンザよりものどかで良いところでした。

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 こんな感じののどかな村。

 パスーには2泊してギルギットに戻ってきたのですが、いやぁパスーは疲れましたわ。まず初日は昼過ぎについたのですが、そのままパスーの前を流れるフンザ川にかかる吊り橋めぐりに出発。またこの橋が凄い橋で、ワイヤーの上に細い木切れを乗せただけの橋なんです。おまけに私が着いた時は風が強くて揺れまくり。めっちゃ怖かったです。

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 こんなところにかかっている吊り橋。周りに村もなく誰が使うのかなぞです。

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 こんなとこを渡ります。木片が小さい上に間隔が広くてとにかくスリリング。

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 2つ目の吊り橋のあるフサニ村で出会った女の子。これから近くの山で放牧しているヤギとヒツジの様子を見に行くと言っていました。

 んで、翌日はパスーの村の背後にある山を一周するトレッキングに出発。ガイドブックには「危険なので絶対に一人では行かないこと」と書かれていたのですが、宿のオーナーに訊いたら「気をつけたら大丈夫」と言ったので一人で行ってきました。が、めっちゃ危なかったです。とにかく道がわかりにくいし、急で崩れやすい崖を登り下りしないといけないので、一人ではかなり危なかったです。実際、何度か道に迷ってしまい、一人で来たことを思いっきり後悔しました。結局、通常8時間かかるところを10時間もかけて何とか生還しましたが、死ぬほど疲れました。

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 トレッキングルートから見れるパスー氷河。なかなかいい眺めですが、この地点の手前の崖を登るのはホントに大変でした。

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 パスーの向かいにあるトゲトゲの山。パスーの周りにはこういう形のトゲトゲした山が多くて面白かったです。この山は確か標高7000mぐらいなのですが、この形のおかげで未だに未踏峰だそうです。

 というこで、パスーでの過酷な日々を終え無事ギルギットに戻ってきたので、明日は次の目的地であるカラーシュ渓谷に向かうつもりです。カラーシュ渓谷はカラーシュ族という少数民族の住む谷なのですが、ここで12日から祭りがあるそうなのでそれを見るのが目的です。ここからカラーシュに行くには途中4700mぐらいのシャンドール峠という峠を越えるのですが、峠の手前の村までしか交通機関がないので、後は歩きかヒッチになりそうです。つい最近まで雪のため閉鎖されていた峠が数日前にオープンしたらしいので、たぶんヒッチできると思いますけど・・・。つか、同じ宿に泊まっている旅行者3人がジープをチャーターして行くらしいのでそれを一緒にシェアすれば良かったんですけど、金をケチって断ってしまったんですよねぇ・・・。果たして無事カラーシュに辿り着けるか・・・。インシャラーですね。
posted by Tets at 23:01| Comment(3) | TrackBack(1) | 旅1:パキスタン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

フンザはイイ!

 今回の旅のメインの目的地のひとつであるパキスタン北部の景勝地フンザに来ています。フンザ渓谷の真ん中にあるカリマバードという村に滞在して4日目になりますがホントにここはいいところです。だって泊まっている部屋の前の景色がこれですよ。

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 部屋の前の置いたイスに座って毎日この景色を眺めていますけど、どれだけ見ても飽きません。7000m以上の山に囲まれた谷の景色は綺麗だし、村はのどかだし、村人はフレンドリーだし、これでもう少しメシが美味かったら言うことなしなんですけどね。泊まっている宿の料理がイマイチなのか、それともフンザ料理が口に合わないのか分かりませんが、どうもダメなんですよね。

 つか、フンザにはのんびりしに来たハズなのに、何もせずにダラダラとしたのは最初の2日間だけで、昨日はウルタルという標高7000m以上の峰のベースキャンプまで4時間かけて登ってきたり、今日はEagle Nestという見晴らしの良い高台の上まで2時間かけて行ってきたりと、標高2500m超の土地で思いっきりアウトドアな毎日を送っています。明日はカラコルムハイウェイのさらに奥地にあるパスーという村へ移動して、そこでトレッキングに行くつもりですし・・・。体力も根性もないくせに山に登るのが好きという困った性格なんです。まぁここはどこに行っても景色が綺麗なので楽しいですけどね。そんなわけで、明日はネットもないような僻地の村へ行ってきます。

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 Eagle Nestという高台から見下ろすフンザ渓谷。周囲を荒れた山に囲まれているのに、用水路で水を引いているフンザの谷だけは緑が豊かで、山の斜面には段々畑が並んでいます。まさに桃源郷って感じです。

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 カリマバードの村の背後にそびえるウルタル。

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 ウルタルへと続く谷のふもとから。真ん中の丘の上にあるのはフンザのミール(藩王)の館だったバルティット・フォート。フンザは30年ぐらい前までは独立国家だったとか。

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 ウルタルの氷河。私が行ったときはあいにく頂上に雲がかかっていて見えなかったのですが、一応氷河は見れたし、手前の崖からは雪解け水が滝になって流れ落ちており、なかなか良い眺めでした。

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 フンザの子供。どこの国でも子供は可愛いですけど、フンザの子供は特に可愛いです。フンザの人たちは普通のパキスタン人とは違う民族だそうです。中には金髪蒼眼の人もいたりして、一説には古代にここまで遠征してきたアレキサンダー大王の軍隊の末裔だとも言われています。
posted by Tets at 21:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅1:パキスタン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

ギルギットに来ました

 予定通り2日前の朝にラホールを出発し、まずはミニバスで6時間かけてラワールピンディーへ。そこからさらに別のミニバスに乗り換えてギルギットへ。狭い座席とグネグネの山道で眠れぬ夜を過ごすこと17時間(金をケチって豪華バスに乗らなかったのは失敗でした)、昨日の昼過ぎにやっと到着しました。このギルギットはパキスタン北部からかつてのシルクロードを通って中国の新疆ウイグル自治区へと続くカラコルムハイウェイの中継点として栄えている町です。

 連日40℃を越えていたラホールとは違いここはとても涼しくて過ごしやすいです。今日などは少し雨が降ったりして寒いくらいでした。また、ラホールで多かったパンジャブ料理の他にもこの地方独特の料理もあって食べ物も美味いし、人はフレンドリーで親切だしギルギットは本当にいいところです。都会であるラホールとは違って町中で女性の姿はほとんど見れなくて、道を歩いているのは男ばかりというのが少しアレですが、まぁ文句を言ってはいけませんね。たまに町外れで畑仕事をしている美しい女性の姿を遠くから拝むことができますし。

 ちなみに、このギルギットは中国との交易ルートであるカラコルムハイウェイ上にあるので、食文化でも中国の影響を受けており、マントウと呼ばれるギョウザみたいな食べ物がありますし、スープやダウロという煮込みパスタを頼むとスプーンではなくてれんげが付いてきます。

 そんなわけで、ここギルギットで撮った写真をいくつかアップしてみます。またこの町には戻ってくる予定なので、明日にはここを出て「風の谷のナウシカ」の風の谷のモデルであるといわれているフンザ渓谷に向かう予定です。

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 パキスタン名物のデコトラ。実はこのトラックはまだマシな方で、パキスタンのデコトラの派手さは日本のデコトラなんて目じゃないです。電飾をピカピカに光らせてバンパーにブラさがっている金属製の鎖みたいなのをジャラジャラ鳴らしながら爆走しています。

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 これまたど派手なバス。私営バス会社のバスはみんなこんな感じです。こういうバスといいデコトラといい、パキスタン人ってかなり派手好きみたいです。

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 乗り心地最悪のミニバスで駆け抜けてきたカラコルムハイウェイ。ハイウェイといってもそれは名だけで大部分が険しい山道です。緑はインダス川沿いに点在する集落の周りにあるだけであとは一面こんな感じの荒野が広がっており、6000m以上の山々が連なる渓谷を縫うように走る道です。この道路の建設では多くの人が亡くなったとか。

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 カラコルムハイウェイ名物の土砂崩れで道路をふさいだ土砂を除去するブルドーザー。幸いこの時は30分ほどで通れるようになりましたが、場合によっては道路が長期間不通になることもあります。また、数日前に私と同じルートで来た人はダム建設の式典に参加するためにムシャラフ大統領が来ていたせいで道路が封鎖されてしまい、何もないところで8時間も足止めを食ったとか・・・。

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 ギルギットの子供たち。パキスタンの子供は男の子もみな可愛いんですけど、大人になると何故か全員ムサ苦しいヒゲおやじになってしまうんですよねぇ・・・。10代後半でも思いっきりフケ顔のヤツもいるし。思春期に一体何が起こっているんでしょうか・・・。謎です。
posted by Tets at 02:58| Comment(2) | TrackBack(1) | 旅1:パキスタン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月28日

ラホール沈没日記6

 今日(28日)にラホールを離れる予定でしたが、パキスタンの映画産業の中心であるラホールに来ておきながらパキスタン映画を観ないで去るのはもったいないと思い、滞在をもう一日延長して今夜映画を観に行ってきました。パキスタンではボロい庶民向けの映画館に行けば40ルピー(約80円)ぐらいで映画が観れるのですが、今回はそこそこ綺麗な映画館で観たのでチケット代は100ルピー(約200円)と高めでした。客層も比較的リッチなパキスタン人が中心で、女性や家族連れも結構いました。

 んで、観たのは「Majajan」というタイトルの作品。宿のオーナーに「パキスタン映画を観たいけどどれがいい?」って訊いたらこれを勧められたので観にいってきました。インドの娯楽作品的な何でもありのドタバタ映画だと思っていたのですが、これが意外としっかりとした大人のラブロマンスで、なかなか面白かったです。ヒロインがセリフを音楽に乗せて歌う箇所はありますが、インド映画のように突然シーンが変わって俳優がダンサーを従えて歌って踊るということはないですし、単純明快で勧善懲悪が基本のインドとは違ってストーリーもなかなか凝ってました。

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 映画館の看板。

 紆余曲折あって結ばれたヒーローとヒロインが結婚式の準備をしているところにギャングが乗り込んできて2人とも殺されてジ・エンドという展開はちょっと予想外でしたが、まぁこの2人は不倫の間柄だったのでイスラム的な価値観ではハッピーエンドというわけにはいかないんでしょうね。恋愛映画なのにラブシーンはおろかキスもしないというのもいかにもパキスタン的で興味深かったです。ただ、個人的にはヒロインよりも恋敵として登場する意地悪な女の方が遥かに美人だと思ったんですよねぇ。パキスタン人の美的感覚って日本人とは違うんでしょうかね。

 とにかく、パキスタン映画も観てもう思い残すことはないので、これでやっとラホールを離れられます。予定では明日の朝にここを出て、バスを乗り継いでギルギットというところまで行き、そこに数泊した後今回のパキスタン滞在のメインであるフンザへ向かうつもりです。
posted by Tets at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:パキスタン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラホールの写真

 ということで、ラホールを離れる前に新しく買ったデジカメで撮った写真をアップしてみます。

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 ラホールの旧市街にある世界最大級のモスク。10万人を収容できるそうですが、確かにバカでかかったです。でも、礼拝時間以外は静かでのんびりした良いとこでした。つか、モスクって必ず西(メッカの方向)に向かって建っているので、午後にモスクに行って正面から写真を撮ると必ず逆光になってしまうんですよね。この写真が逆光なのもそのためです。

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 ムガール時代につくられた城塞ラホール・フォート。ラホール観光のメインの一つなのですが、入場料をケチって中に入らなかったので外からしか見てません・・・。だって、数年前までわずか4ルピー(約8円)だった入場料が、いつの間にか外国人料金200ルピーになってるんですもん・・・。

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 ラホール市内の聖廟で毎週行われている通称スーフィーナイト。聖廟の中庭を埋め尽くしたパキスタン人が、2人のドラマーがアフリカンドラムみたいな太鼓を叩くのを聴きながらジョイントを吸ってまた〜りするという行事みたいです。ドラマーの2人はパキスタンでは有名なミュージシャンらしく、去年の愛知万博にも出演していたとか。

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 ドラムに合わせて踊るオッサンたち。真ん中のオッサンは安岡力也そっくりでした。一応リズムに合わせて頭を振ったりクルクル回ったりはするのですが、個人的には同じスーフィーならトルコのセマー(メヴレヴィー教団だったかな?)の方が凄いと思いましたね。まぁこれはこれで面白かったですけど。ちなみに、画面が白っぽいのは周りのパキスタン人たちが吸っているジョイントの煙のせいです。
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2006年04月26日

ラホール沈没日記5

 まだラホールにいます。明日出発するつもりだったのですが、いくつかやり残していることがあるので出発は明後日以降になりそうです。つか、ラホール暑すぎです。昨日の最高気温は41℃だったそうですが、今日はもっと暑かったのでたぶん今日は41℃以上だったと思います。おまけにラホールは湿度が高くて蒸し暑いんですよね。夜は天井に付いているファンを回して眠るんですが、それでも暑くてなかなか寝付けません。さっさと涼しいフンザに行きたいんですけどねぇ・・・。

 とりあえず、まだラホールしか観てませんが、一応パキスタンに来て10日近く経つのでその間に感じた印象などを少し。まず食事ですが、パキスタンのカレーはイマイチです。単に私が美味しい店を見つけられてないだけかもしれませんが・・・。ラホールのあるパンジャブ地方はインドと似たようなスパイスの効いたカレーが主流で、インドとの違いは肉料理がどこの店にもあるってことぐらいです。スジ肉の煮込みスープみたいなのもあるのですが、恐ろしく脂っこいのであまり好きではありません。ただ、インドのビルヤーニ(ピラフ)みたいなのや、インドでは見かけなかったヨーグルトをかけたフルーツポンチなどはなかなかイケます。今日食べた白身魚のフライもなかなか美味かったです。

 あと、パキスタン女性ですが、なかなか美人です。ラホールはパキスタン第二の都会なのでブルカで顔を隠している人はほとんどいないですし、若い女の子はなかなかオシャレです。おばさんになると太っている人が多いのはインドと同じですが、サリーを着ていないのでデブっとした腹を見せられてゲンナリすることもありません。

 ただ、いくらラホールが都会であっても、やっぱり街中に女性の姿は少なく、どこを見ても男ばかりです。ケーキ屋に行っても客は男ばかりだし、アイスクリーム屋では男2人が並んで座って美味しそうにアイスクリームを食べています。つか、パキスタンはアイスクリームやプリンがめっちゃ美味いです。ちなみに、女性用の下着を売っているのも小太りのヒゲおやじです。

 男はやたらフレンドリーです。道を歩いているとよくハローと声をかけられたり、バス乗り場を訊いたらそこまで案内してくれたりとみんな親切です。観光地ではたまにボってくるヤツもいますが、基本的にはみな良心的で、インドとはエライ違いです。そんなわけで、現時点での私のパキスタンの印象はなかなか良好です。

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2006年04月25日

ラホール療養日記4

 体調はまぁ相変わらず変なんですが、そろそろラホールを離れたいという気分になってきたので、昨日はカメラ屋の並ぶ通りに行ってデジカメを購入し、今日は気合を入れてラホール市内を観光してきました。んで、昨日買ったデジカメですがまたオリンパスです。別のメーカーのカメラもあったのですが、メモリーカードはXD-Picture Cardしか持ってないし、新しいメモカを買うと金がかかるので、結局選択肢はFujiかオリンパスしかないんですよね。Fujiのデジカメも物色してみたのですが、オリンパスと比べると値段が高かったので断念しました。

 購入したデジカメはμ-mini DIGITALという機種。こっちで定価16500ルピー(約33000円)のヤツなのですが、展示品の上に付属品一切なしということで値切って12500R(約25000円)でゲット。日本では20000万円弱で売られているし、他のデジカメは日本より遥かに高いことを考えると、なかなかお買い得でした。展示品なので少し使い込まれているし、やけに簡単に値切れたのでちょっと怖いのですが、まぁたぶん大丈夫でしょう。つーことで、これでやっと写真が撮れるようになったので、写真のアップも再開できると思います。

 ちなみに、私がインドで25000円ぐらい出して買ったデジカメがこっちでは20000円で売られていたりと、どうもパキスタンの方がデジカメは安いみたいです。90年代初めまで外国製品の輸入を制限してたインドと違ってパキスタンにはそんな制限はなかったし、昔から友好関係にある中国との交易が活発なので、街中の電気店などを見てもインドよりモノが溢れています。市内を走っている車を見ても新しくて綺麗な車も多いですし、インドよりも日本製や中国製の車が多いです。こーいう微妙なとこにもインドの違いがあるので、街を歩いているだけで新たな発見があって面白いです。ただ、ラホールは大気汚染がひどいので、快適な散歩というわけにはいかないんですけどね・・・。
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2006年04月24日

ラホール療養日記3

 気がついたらラホールに来て1週間になってしまいました。体調は相変わらず変なんですけど、もうどうにもならないのかなという感じです。涼しいフンザに行ったら多少はマシになるかなと思ったりするので、とりあえず明日もう一度病院に行ってみて、それでもダメみたいなら諦めて移動するつもりです。体調がおかしいのは確かなんですけど、何がどう悪いのかさっぱり分かりませんわ。

 んで、このラホールではRegal Internet Innという超有名宿に泊まっているのですが、ここに1週間もいると色んな国籍の旅行者がやって来ては去っていきます。さすがにここまで来る旅行者には濃い人が多くて、半年や1年以上旅行をしているって人はザラで、中には2年以上って強者もいます。そして、意外と多いのがアフガニスタンに行ってきたorこれから行くという人。一昨日もフランス人がアフガンに行くと言って出発していきましたし、今同じドミにいる日本人の人も1年前にアフガンを抜けてイランに行ったそうです。アフガンに行けるのは知っていましたし、行っている人がいるのも知っていましたが、こんなに多いとは思っていませんでした。たぶんメインルートを外れなければそう危険ではないんでしょうけど、う〜ん小心者の私はビビってしまって行く気にはなれないですねぇ。

 あと、今日イランから国境を越えてきた日本人カップルに出会ったのですが、彼らの話によれば国境のイラン側の街ザヘダーン周辺の治安が悪化していて、国境行きのバスは10台以上の軍のジープの護衛つきだったとか。なんでもつい最近20人ぐらいが殺される事件があったそうです。軍の護衛がつくならたぶん大丈夫でしょうけど、小心者の私はこの話を聞いてまたビビってしまいました。まぁイラン行く前にこの体調を何とかしないといけないんですけどね・・・。
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2006年04月22日

ラホール療養日記2

 すでに療養生活に入ってから5日目ですが、体調はまだイマイチです。一応、ラホールに来る前の状態までは回復したのですが、実はインドにいた頃から微熱と頭痛は続いてたんですよね。今はその頃の状態まで戻ったって感じです。つか、アムリトサルで休養しても全然回復しなかったし、ここで5日休んでもこの状態なので、もう治らないんじゃないかなと半ば諦めています。

 ただ、風邪以外の深刻な病気だったら困るので、今日の午前中に病院に行ってきました。泊まっている宿のオーナーの知り合いがラホール市内の大きな総合病院で医者をやっているので、幸いタダで診てもらうことができました。ただ、診察といっても簡単な問診に脈を測られた程度なので正直あまり期待していません。つか、診察代は無料でも薬代が310ルピー(約600円。一日の生活費とほぼ同額)かかってしまいました。んで、その薬のせいか今日は一日中ベッドで眠ってしまい何もできませんでした。まぁ別に起きていたってやることはないのでかまわないんですけどね。
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2006年04月19日

ラホール療養日記

 相変わらずラホールの宿で療養中です。体調はだいぶ回復して頭痛もマシになりましたが、まだ完調にはほど遠いという感じです。腹の調子もイマイチなのですが、とりあえず食欲は回復してきたので昨日から外に出てメシを食っています(それまではバナナとビスケットで過ごしてました)。まだ遠出する体力はないので、基本的に朝は近くの屋台でご飯にダル(豆スープ)みたいなのをかけたのを食べ(15ルピー=約30円)、昼はビタミン補給のためにファーストフード店みたいなとこでサラダバー(30ルピー)を食べ、夜はケバブサンド(40ルピー)やカレー&ナン(19ルピー)などを食っています。インドでは肉を使った料理はベジ料理に比べて高かったのですが、パキスタンではあまり差はなさそうなので、肉には困らないで済みそうです。食事の後は近くのスーパーで100%のオレンジジュースやチーズを買ってきて栄養補給。これであと数日静養してから次の目的地であるラワールピンディ(首都イスラマバードのすぐ隣)に移動する予定です。

 ちなみに、パキスタンにはマクドナルドやピザハット、ダンキンドーナツはありますがKFCはありません。その代わりにあるのがAFCというチェーン店。Al-Najam Fried Chicken、略してAFC。説明するまでもありませんが、もちろんKFCのパクリです。メニューももちろんフライドチキンとチキンバーガーがメイン。ラホールに来た初日に行ってみましたが、味はまぁなかなかで美味しかったです。ただ値段がめっちゃ高い。チキン3ピースとジュース、小さなパンがセットで120ルピーもしました。上で書いた私の一日の食費を越えてます。そんなわけで、まぁたぶん二度と行くことはないでしょう。元々日本でもファーストフードってめったに行かないので、別に行かなくても困らないんですけどね。
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2006年04月18日

ラホールで再び撃沈

 ラホールに着いた日の夜にスーフィー(イスラーム神秘主義)音楽のコンサートがあるというので見に行ったのですが、会場が野外で風が強くてめっちゃ寒かったんです。インドにいた時から体調がイマイチだったのですが、この寒さで一発で体調を崩してしまい、その日の夜から強烈な頭痛で死んでました。昨日はベッドから一歩も動けなかったのですが、今日は多少マシになって何とか外に食料を調達に行くこともできました。ただ、まだ頭痛と熱はまったく治ってないので、少なくともあと数日は動けそうにないです。インド滞在の後半からずっとロクなことないっすわ、ホント。
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2006年04月16日

パキスタンに到着

 え〜と、当初の予定では12日に国境を越える予定だったのですが、ちょっとわけあってインド側の街アムリトサルで4日間足止めにあってしまい、やっと今日パキスタンのラホールにたどり着きました。パキスタンに来てからも、最初に乗ったミニバスでぼられそうになったり、いきなりラホール名物の偽警官に出会ったりとトラブル続きですが、何とか宿までたどり着きこうしてネットをしています。

 んで、アムリトサルに4日もいた理由ですが、デリーで買ったばかりのデジカメを盗まれてしまったんです。今はちょっと時間がないので詳しい経緯は書きませんが、2人組の犯人(兄弟)の片方を捕まえて警察に突き出したら、ほぼ確実にデジカメは取り返せるか、最悪でもデジカメ代は取り戻せると言われたので4日間待っていたわけですよ。でも、結局もう一人の犯人は捕まらず、示談にして犯人の親族から2000ルピーを受け取っただけでした。まぁ、そんなわけで、なかなかアムリトサルから動けなかったわけです。
posted by Tets at 23:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅1:パキスタン編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする