2006年04月20日

ネパールの小ネタ

 つい1ヵ月半前まで滞在していたネパールですが、国王の専制政治に反対する政党主導のデモとそれを力で押さえ込もうとする国王の対立で大混乱になっているみたいです。こっちの新聞やネットのニュース、カトマンズに滞在中の知人のblogを読んでいてその緊迫感は伝わってきます。そんな絶体絶命のピンチのはずなのに、譲歩する気を一切見せずに優雅にポカラでバカンスを楽しんだりしているらしいネパール国王ですが、1週間ほど前にインドの新聞で面白い記事を見かけました。

 ネパールでの混乱ぶりを伝える記事の最後にちょっとだけ触れられていたニュースなのですが、それによれば国民の間でのイメージ失墜に悩むネパール国王が(元々失うような好イメージはなかったと思いますが)、イメージ回復のためにアメリカのPR会社と契約したらしいです。アメリカのPR会社というのはまぁ日本でいう広告代理店みたいなものなのですが、その仕事の範囲は日本の広告代理店のようなレベルではなく、会社によっては外国の政府や高官を相手にビジネスをする会社もあります。

 このPR会社の存在を一躍有名にしたのが、ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦。当時、あの内戦はサラエボを包囲したセルビア人勢力が悪者で、モスレム人が迫害されている側という構図で語られていましたが、この悪と善というイメージをアメリカおよび国際社会に植え付け、ユーゴスラビア連邦の国連からの追放、そして最終的にはNATOによる空爆にまでもっていったのがモスレム人主導のボスニア政府と契約していたアメリカのあるPR会社なんです。湾岸戦争や今回のイラク戦争でも当然この手の会社は絡んでおり(在米イラク人団体などと契約)、アメリカのメディア経由で日本に入ってくるニュース映像や新聞記事などもかなり影響を受けているはずです。

 ちょっと話がそれましたが、PR会社というのはこのように国際情勢を左右できるほどの力(技術)をもったプロの集団なんです。今回ネパール国王が契約したPR会社がどれほどの実績のある会社かはわかりませんが、兄(前国王)の家族を皆殺しにして王座についたとネパール国民の大半が信じている現国王(公式発表では当時の皇太子が犯人とされていますが真相は闇の中です)のイメージを果たしてこのPR会社がどこまで変えられるのか、それはちょっと興味あります。まぁたぶん無理だと思いますけどね。仮にそのPR会社にその力量があっても今のネパールの状態ではもう手遅れでしょうし。

 ちなみに、アメリカのPR会社は他国の政府と契約する時は国務省だかに報告して許可を得ないといけないらしいので(アメリカの国益に反すると判断された場合は不許可になる)、今回の件はアメリカ政府了承の元に行われているということです。国王に対するアメリカのイマイチ煮え切らない態度といい、どうも少し気になるんですけどね。

 以上、何もやることがないのでラホールの宿のベッドの上でネパールの政治情勢について考えていたことを書いてみました。

追記:
 どうやらネパール国王が本日(21日)に民政への移管を発表したそうです。これでデモは一応収束に向かうかもしれませんが、これで全てが解決するとは思えません。たとえば、国王は政党に首相を選出するように要請しその首相に権力を委譲すると言っているらしいですが、反国王というだけで結束していたネパールの主要政党が急に協調できるとは思えないんですけどねぇ・・・。マオイストの問題もありますし。

追記2:
 昨日(24日)に国王が再度テレビ演説をして、下院の再開などの大幅な譲歩を発表し、政党側もそれを受け入れると発表したので、とりあえずはこれで幕引きになりそうです。ただ、マオイストは今回の国王の声明も認めないと言っていますし、政党がちゃんと政権を樹立するまでいけるかどうかは不透明なので、まだまだ根本的な解決には程遠い気がします。
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2006年03月06日

山に登った

 トレッキングに行く体力と気力はないけど、せっかくトレッキングのメッカであるポカラにいるのだからってことで、町の北にある標高1500mほどのサランコットという山に登ってきました。ポカラ自体標高がそこそこあるので、サランコットの山頂までは登り2時間、下り1時間ほどの小さい山です。チベットで山登りをして高地トレーニングを積んできたおかげで、結構楽に登れました。山に登る道は石段になっていて非常に登りやすいですし、途中に通過する村には段々畑が広がって牛を使って畑を耕しているネパール人の姿が見れるという私のようなインドア人間には最適のコースでした。

 しかし、山頂に着いてみてガックリ。この付近では一番高い山でしかも国王の別荘が近くにあるってことで、なんと山頂は軍の基地になちゃってるんです。一応基地の中を通って展望台まで行けるのですが、展望台は有刺鉄線と土嚢で囲まれているし、周りにはいくつもトーチカがあってその中では銃を構えた兵士が臨戦態勢で待機しているんです。マオイストがここを襲ってきたら私も巻き添えになるよなぁとか考えると、とてもじゃないけどゆっくりと景色を楽しむ余裕なんてなかったです。おまけにスモッグなのか霧なのかは分かりませんが、空全体に霞がかかっていて周りの景色もあまり見えません。山頂からは世界で10番目に高いアンナプルナという山が見えるはずなのに影も形もなし。確かに山頂付近の崖に座っていると心地よい風がふいて気持ちよかったですけど、景色という点では期待はずれでした。まぁちょっとだけトレッキング気分が味わえたのでそれはそれで満足でしたけど。

  そんなわけで、明日にはここを発ってバスでインドのバラナシへ向かいます。途中、国境のスノウリという町で一泊する2日がかりの過酷なバスの旅です。何とか無事にたどり着けることを祈っていてください。んでは、また。
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国王来たる

 昨日からやけに警備が厳しいなと思っていたら、今日の昼過ぎにヘリコプターに乗って国王が別荘に来ちゃいました。おかげで街の警備がいっそう厳しくなってます。検問ではボディーチェックまでしているし(外国人はノーチェックですけど)、ツーリストエリアにまで銃を肩から提げた兵士が進出してきてこっちの道は通るなと言ったり、交差点では銃を水平に向けていつでも撃てる体制で警戒しています。なんつーか、もうリゾート地って感じじゃないですね。ホント迷惑です。チュニジアの大統領官邸なみの迷惑さです(チュニジアの大統領官邸は写真撮影禁止なのですが、ローマ遺跡の真横にあるので遺跡の写真を撮ろうとすると必ず写ってしまうんです。その度に見張りの兵士がこっちを睨んだり、寄ってきて写真を撮るなと言うのがウザイんです)。ポカラはあんま好きになれないかも。
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2006年03月04日

国王の別荘は邪魔

 昨日予告したとおり無事ポカラに移動しました。ポカラは湖のほとりにある風光明媚でのんびりした街なのですが、よりによってその一等地、しかもツーリストエリアのど真ん中に国王の別荘があるんです。ご存知のようにネパールの国王はマオイストから狙われる身。おかげで近くの道では警察が厳しい検問をやっているし、別荘の周りには銃を構えた兵士が大量にいてなんだか落ち着きません。

 おまけに。トレッキングの勧誘もうるさいし、せっかくのんびりしに来たのに(カトマンズでものんびりしてましけど)これではリラックスして散歩という気分になれません。今夜晩飯を食いに行った食堂の親父さんまでトレッキングガイドでトレッキングに行かないかと勧誘してきたのには参りました。まぁそれが彼らの仕事なので仕方ないですけどね。てことで、ここも数日だけ滞在してさっさとインドに向かう予定です。つか、ネットカフェも糞高くて、カトマンズの3倍以上します。そんなわけで、今日はこの程度にしてさっさと帰って寝ることにします。今朝は5時半起きだったので疲れたし。
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2006年03月03日

カトマンズで私も考えた

 つか、考える前にまた風邪ひいちゃいました。日本を出てから3ヶ月で何回目の風邪か・・・。もともと体調管理が下手な上に、偏った食事をしているし、体力的にもタフな旅をしているのですぐに風邪をひいちゃうんですよねぇ。カトマンズは昼間は暖かいのですが、朝晩は冷え込んで寒いんです。たぶん風邪を引いたのはそれが原因かと。

 そんなこんなで気がついたらカトマンズに来てもう10日近くになっていました。中国本土では一つの街に3〜4日滞在したらすぐ次に移動という駆け足の旅をしてきたのですが、チベットに入ったとたんにペースが落ちて、ラサに20日近く滞在したのを皮切りに、どうもなまけ癖がついてしまったみたいです。これではいけないということで、明日カトマンズを離れポカラという街に移動することにしました。

 そんなわけで、今日は風邪気味にも関わらず再びパシュパティナートというヒンドゥー寺院へ行ってきました。入場料を払いたくなかったので裏口からこっそり寺院の敷地内へ入り、川に落ちそうになりながらガート(火葬場)まで行き、対岸に座って3時間ほどぼ〜と眺めていました。普段からそうなのかは知りませんが、今日は次から次へと遺体が到着し、8箇所ある火葬台はフル回転でした。基本的に遺体は布にくるまれていますし、焼いているときも炎や灰ではっきりとは見えないのですが、たまに火葬係の人が焼け残った足を棒で折り曲げたり、遺体をひっくり返したりするので、そういうときは生焼けの皮膚が見えたりしてちょっとグロテクスです。でも、基本的には燃えているのは人よりも物という印象しかなかったですね。「人間って死んだら何にもなくなっちゃうんだなぁ」と思いながら、川に流される灰を見ていました。

 そろそろ帰ろうと思った頃に新たに2体の遺体が到着して火葬の準備がされたのですが、私の座っていた対岸に10数人の兵士が来て整列し、薪に火をつけるのに合わせてラッパを吹いて、銃を立てて敬礼みたいなポーズをしていました。どうやらあの2体の遺体は兵士だったみたいです。最近も地雷が爆発して兵士が死んだらしいですし、たぶんマオイスト絡みで死んだ兵士ではないでしょうか。それまでは死んだらこうやって火葬されるのなら人生って悪くないものだなぁと思っていたのですが、兵士の吹くラッパの音を聞きながら炎に包まれる遺体を見ていると、なんとも言えない無常観を感じました。なんかとっても虚しかったです。何なんでしょうね、人間って。
posted by Tets at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:ネパール編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

写真をいくつか

 相変わらずデジカメは不調なのですが、メモカいっぱいに写真がたまったのでプリント屋でCD-Rに焼いてもらいました。そんなわけで、最近撮った写真をいくつかアップしてみます。

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 カトマンズの空。ご覧のとおりスモッグで真っ白です。風のある日はもう少しマシなのですが、この日は風が無くホントに酷かったです。カトマンズ市内は車やバイクの数がやたら多く、しかも車の多くは旧型の車で排気ガスを撒き散らしまくっているので大気汚染が酷いです。市内の川もドブ川みたいで、ものすごく臭いですし、カトマンズの環境汚染は深刻かと。

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 チベットの空。真ん中やや左上の白い点は月です。もちろん、この写真は全く加工してません。冬のチベットは晴天が多く、ホントに毎日こんな色の空が広がっています。空気が澄んでいるので、星空も恐ろしく綺麗です。

 ちなみに、この写真を取った地点は標高5100mぐらいの峠。写真の下に写っているのはヒマラヤ山脈で、一番高い山はシシャ・パンマです。チベットはもっと綺麗な写真がたくさんあるのですが、それはまた後日にでも。

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 宿の屋上で。午後はここに座って広場を見下ろしながら、本を片手にビールを飲み、近くの店で買ったジャガイモのフライやかき揚げみたいなのをつまむのが日課です。最高。

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 宿の前の広場でくつろぐ人たち。路上でチャイを売っている店が数軒あるのですが、夕方になるとこの広場にはたくさんの人が集まってチャイを飲みながら談笑しています。ちなみに、ここのチャイ屋のおっちゃんたちは親切で、ストリートチルドレンの子供たちにパンやカレー、チャイをあげたりしているのをよく見ます。こーいうとこもヒンドゥー教国らしいなぁと思います。

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 パシュパティナートで出会った物乞いの少年。お金はあげないって言っているのにずっとまとわりついてきましたが、なかなかいい子でした。つか、何故か手に火バサミをもっていました。

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 パシュパーティナートで行われていたシヴァ・ラートリーの儀式。なんかよくわからないけど、灯篭みたいなのを川に流したりしてました。ヒンズー教徒以外が入れない本殿には国王一家が来ていたみたいです。

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 夜のパシュパティナートのガート(火葬場)。ヒンズー教徒は死ぬとここで火葬され、灰はすぐ前の川に流されます。この日は祭りということもあって、たくさんの死体が焼かれていて、祭りの間も火は燃え続けていました。昼間に火葬を見ていると、燃やされている死体の足や手がはっきり見えてちょっと怖かったのですが、暗闇の中で燃えているのを見るとなんとも言えない無常感を感じました。

 ちなみに、今日はカトマンズ郊外のパタンというとこでチャン(チベットのお酒)をゲットして昼間から飲んでいました。こっちのチャンはチベットのとは違って白くてフルーティっぽさも薄いですが、これはこれでなかなか美味でした。
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2006年02月27日

シヴァ・ラートリーはわけわからん・・・

 昨日はヒンズー教のシヴァ・ラートリーというお祭りの日でした。せっかくなので祭りのメイン会場であるカトマンズのパシュパティナートというヒンズー教の寺院に行ってみたのですが、シヴァと関係のある祭りということ以外まったくの予備知識なしで行ったので、結局最後まで何だかよくわからない祭りでした。寺院の周りのテントで踊っている人もいれば、別のテントでは変な子供とおっさんの歌謡ショーみたいなのに物凄い数の観客が集まっているし、インドから来たサドゥー(ヒンズー教の修行者)たちはハシシを売って金を稼いでいるし、全裸のサドゥーがみんなの喝采を浴びてはしゃいでいる橋のすぐ横では何体もの遺体が火葬にされて遺体を焼く煙が昇っているしと、もうめちゃくちゃでした。なんか知らんけどシヴァ・ラートリーはすごいということだけはよくわかりましたけど。

 ちなみに、昨夜はホントにネパールはいいとこだなぁと思える一件がありました。祭りの儀式が行われているエリアの近くには一般のネパール人は入れないようになっているのですが、外国人観光客はどうぞどうぞという感じで簡単に入れてもらうことができ、何だかよくわからない儀式を間近で鑑賞することができました。観光地には100元とかいうめちゃ高い外国人料金を設定していて、そのほかの面でも徹底的に自国民を優遇している中国とはえらい違いです。

 しかも、これだけではありません。祭り会場の中にはカレーを無料で配っている社会団体のテントがあったので、私たちもネパール人と一緒に列に並んで順番を待っていたのですが、私たちに気づいた係りの人が寄ってきて、「カレーがほしいならこちらへどうぞ」とテントの中へ案内してくれ、長蛇の列に並んで待っているネパール人を横目に見ながら椅子に座ってのんびりとカレーを食べることができました。しかも、彼らは何度も「何かほしいものはありますか?」と聞きにきてくれ、カレーのおかわりばかりでなく、水とお茶に食後のデザートまでご馳走になりました。中国では考えられなかったVIP待遇に、一緒に行った日本人と一緒に「こんなにしてもらってホントいいの?」と半ば恐縮しながら至れり尽くせりのサービスを受けてきました。ネパールはホントいいとこです。今日シャツを買ったら思いっきりボラれましたけどね・・・。
posted by Tets at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:ネパール編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

カトマンズの優雅な日々

 えと、前回の日記を書いたときに翌日写真をアップすると書きましたが、再びデジカメの調子が悪くなってしまいました。写真を撮る分には問題ないのですが、USBケーブルでPCと繋いでPC側からメモカを読み取ろうとすると何故か上手くいきません。前回もラサで同じ症状になったのですが、気がついたら直っていたので、今回もそのうち直ることを祈ってます。そんなわけで、しばらく写真はアップできないっぽいです。

 閑話休題。カトマンズに来てからもう5日になりますが、インドビザの申請に3回インド大使館に行った以外は全く何もしていません(インド大使館では職員とハデな口論をしましたが・・・)。当初はタメル地区というバンコクのカオサンストリートを巨大化したようなエリアの宿に泊まっていたのですが、あまりにウエスタナイズされているし、ツーリスティだし、リキシャーやらトレッキングの客引きやらハシシ売りやらがうるさいので、ジョッチェンというもう少しこじんまりとして、ツーリストエリアとしては寂れているエリアの宿に移動しました。この宿がまた素晴らしく、といっても部屋はかなり汚いのですが、屋上に日当たりの良いテラスがあって、そこから宿の前の広場が見下ろせるんです。心地よい春の陽気の中、広場を行きかう人々を眺めていると、本当に幸せな気分になります。

 そんなわけで、今日も昨日も、午後はこのベランダでイスに座り、近所で買ってきたジャガイモのフライなどをつまみながらビールを飲み、タメルの古本屋で仕入れてきた本を読むという優雅な午後を過ごしました。今日は刀を持ち出して流血沙汰のケンカをしている人たちがいて警察や野次馬で騒々しかったですが、まぁそれもカトマンズの日常の一部ってことで。大気汚染が酷くて青い空が見えないのと、ネパールはビールが高くて中国の3倍近くするのが難点ですが、それでも非常に居心地のいい場所なので、下手すると長居してしまいそうです。

 ただ、チベットから来た者にはネパール人の愛想の悪さと、カトマンズの人の多さが気に入らないのですよねぇ。嗚呼、フレンドリーなチベタンの笑顔と青いチベットの空が懐かしい・・・。でもまぁ、インドに行ったらもっと凄いことになるのでそんなことは言ってられないですね。とりあえず26日にあるヒンズー教のシヴァ・ラートリーという祭りをカトマンズで見てからインドに向かうつもりですが、あくまでも予定は未定です。ただ、ホントにやる気なのかどうかは知りませんが、マオイストさんたちが3月14日からカトマンズや主要都市の封鎖を実施するとか言っているらしいので、それまでにネパールを脱出したいと思います。
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2006年02月22日

カトマンズに着きました

 ランクルをチャーターしてラサを出発すること5日、途中いくつかの町によって観光し、エベレストのベースキャンプに行ってエベレストを眺め、国境の橋を歩いて渡り、30年前のトヨタ車でデコボコの山道を激走し、昨日やっとネパールの首都カトマンズに到着しました。ハイウェイとは名ばかりのデコボコの悪路や道中の宿の寒さと汚さ、ラサから離れれば離れるほど不味く、そして高くなる食事、途中の町の子供たちの「ハロー、マネー?」攻撃にはうんざりしましたが、何とか無事に着きました。チベットから来た者にはカトマンズは信じられないほど暖かいし、ダルバートというネパール料理は美味いし、なかなか良いところです。


 道中撮った写真をいくつかアップしたいのですが、すでにこのネット屋に来て2時間が経過しており、睡魔との闘いに負けつつあるので、アップはまた明日にしたいと思います。明日も一応予定では休養日になっているのでたぶん時間はあると思いますし、やっと中国政府の規制から逃れられたので自分のblogの表示も確認できるようになりましたし。んじゃ、そーいうことで。
posted by Tets at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅1:ネパール編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする