さて今回のチベットでの暴動。ネットではここぞとばかりに色んなことが書かれているが、その中に「平和的なチベット仏教を信じる温厚なチベット人が住む国を中国軍が侵略して・・・」と書いている人がいた。これを読んで、良くも悪くも世間のチベットのイメージってのは今のダライ・ラマ14世そのものなんだなと思った。
かつてのポタラ宮では貴族や高僧の熾烈な権力闘争が繰り広げられていて、処刑も頻繁に行われていた。20世紀初頭まで続いた鎖国時代には外国人と関わりを持ったという理由で当時のダライ・ラマの命令で処刑された貴族もいる。今のダライ・ラマ14世がポタラにいた頃は知らないが、少なくとも先代まではダライ・ラマの政治はとても「平和的」とは呼べないものだった。
さらに、今でこそチベット仏教に傾倒してダラムサラなどで修行する欧米人もたくさんいるが、かつてのチベット仏教の荒廃ぶりは酷かった。僧たちは飲む打つ買う、と何でもありで、女色は当然ながら男色も一般的だったらしい。おまけに尼僧院までもが同じ状態だったとか。さらに、チベット仏教が信仰されているモンゴルでは僧に結婚前の娘と一夜をともにできる初夜権なんてものまであったと言われている。
また、チベット東部のカム地方のチベット人は熱心な仏教徒だが、カムはかつては「強盗の国」と呼ばれており、巡礼者や商人を殺して金品を奪うということを生業にしている者も多かったらしい。人を殺して金を奪っても仏に祈れば許されるという論理がまかり通っていた。
ちなみに、チベットを占領した中国軍に最後まで抵抗したのもカムの男たち。ダライ・ラマがインドに亡命した後もネパールやインドとの国境の山岳地帯に立てこもりCIAの支援(資金援助や武器供与、戦闘訓練)を受けてゲリラ闘争を続けていたが、70年代に中国に急接近したアメリカに見捨てられて消滅した。
「世界はチベットに関心を持っていない」とか「チベットを見捨てるな」とか言ってる人がいるけど、大国の勝手な都合で30年以上前にとっくに見捨てられているんだよね。
さらに言うなら、当時のCIAとの折衝役はダライ・ラマの実兄が務めており、今でこそ平和主義を唱えるダライ・ラマ自身も当初は対中武力闘争を推進していた。実際、インドの訓練基地でチベット人部隊を軍用ジープに乗って閲兵するダライ・ラマという今では信じられない写真も存在する(これ)。
そんなわけで、良くも悪くも世間のチベットに対する印象はメディアでさかんに持ち上げられる今のダライ・ラマ14世のイメージによるところが大きいんだなと思った今回の一件でした。今の世間のチベット問題に対する姿勢は反中国感情とチベット文化・仏教に対するオリエンタリズムが主要な動機になっているようでどうも釈然としないものがある。もちろん中国政府の行為が許されないものであることは確かだけど。
ちなみに、私はダライ・ラマという人物を尊敬しているが、彼のことについて知れば知るほど、彼も矛盾を抱えた一人の人間なんだなと思えてきてさらに親近感がわく。人間がそうであるように、政治も単純に白か黒かという論理で語れるものではないと思うのだが・・・。
2008年03月16日
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私も中国政府のやり方には憤慨していますけど、
だからと言って他の多くの日本人のように
単純な反中国論を語るつもりはありません。
中国政府を批判したところで何も変わらないので、
どうしたら問題が解決するかということが大切だと思うのですが、
そういう視点で書いている人はほとんどいないですよね。
ペマギャルポというダライラマ連絡官は、
なんと統一教会の関係者らしいです。